G・ブルトン&L・ポーウェル編著『西洋歴史奇譚』白水社 1997年

 ヨーロッパ,とくにフランスに伝わる歴史上の奇譚を20編収録しており,各エピソードの終わりに,編著者と思われるふたりが会話体で,コメントをつけるという体裁になっています。フランスではこういった話を「裏面史」というのだそうです。

 全体が5章に分かれており,最初の「身近な幽霊」では3編の幽霊譚が紹介されています。「バーデン=バーデンの白婦人」は,持ち主の死を予告するという“白婦人”の幽霊話。2人の子持ちの寡婦にプロポーズした若き貴族,しかし「2組の目がわたしたちの結婚を阻んでいる」と彼女に告げる。男は自分の両親の目のつもりで言ったのだけれど,寡婦は別様に解釈して・・・,という,幽霊出現の発端となった若き貴族と寡婦との哀しくも怖ろしい因縁譚は,サイコ・スリラー的な,よくできた話です。「トリアノンの亡霊」は,ヴェルサイユ宮殿に現れる幽霊の話,「天来の音楽」は,霊界(?)の著名な音楽家―リスト,ショパン,ヴェートーベンなどなど―から,彼らの“新曲”を教えてもらったという女性の話です。前者は宮殿に住んでいた過去の人々の幽霊が見える,という点で,どこかタイム・スリップもののSF作品を彷彿させます。
 「未来の幻」は,予言や予知が出てくるエピソードを集めています。「聖マラキの予言書」は,12世紀の修道士マラキが“未来”の法王の名前を記したという予言書の話。この手の“予言”によくあるように,マラキが書いたのは法王の実名ではなく“異名”だそうです。たとえば家紋が花冠であるクレメンス11世は「周囲に置かれた花」と表現されているそうです。ま,たぶんに解釈の余地を残すのが予言の予言たるところでしょう(笑)。ちなみに残された法王の名前はあと2人だそうです。
 「悪魔憑きと妖術」は恐怖実話といったところ。パリ大司教を暗殺した男ヴェルジェの話「パリ大司教の暗殺」と,フランス革命期,北フランスで恐怖政治を行った司祭ジョゼフ・ル・ボンを描いた「妻帯司祭の恐怖譚」です。
 「別世界の使者」は,過去の文献に記録されている“UFO”譚です。文豪モーパッサンが残したという奇妙なエピソードを取り上げた「モーパッサンと空飛ぶ円盤」は,なかなか興味深いです。
 最後の「大いなる神秘」には,それこそ「歴史奇譚」を8編おさめていて,「キワモノ」が多い感じの前半に比べると,本書の中では一番楽しめた章です。「キャヴェンディッシュの仮面」は,城館の地下に巨大な居室をつくり,また人と会う際には必ず仮面を付けたというジョン・ウィリアム・キャヴェンディッシュの話です。著者らのコメントは「宇宙人」やら「ミュータント」やら少々眉唾モノ的ですが,「映画を作ったら,さぞかし受けるでしょうね!」という指摘はうなづけます(笑)。「人工の黄金を見た人」は,銀と銅から黄金ができると信じ込んだ男テオドール・ティヒローの話。「中世の錬金術師たちが知っていた秘密を偶然知った」のか,それとも妄想に取りつかれた哀れな狂人なのか,不思議なテイストを持ったエピソードです。
 そして個人的に一番おもしろかったのが,「歴史からはぐれた男」。1787年,オペラ座に来ていたマリ・アントワネット王妃に向かって口笛を吹いたという不敬罪により,図書館に“監禁”された貴族サン・ペルヌ侯爵。もともと古典学に造詣の深い彼は,その図書館でひたすら古典ギリシャの研究に没頭し,ついに一大著作をものにしますが,50年間の“監禁生活”のため,彼は,その間に起こったフランス革命についてまったく知らなかったという話です。すべての歴史の教科書で必ず触れられるであろうフランス革命,近代の幕開けを告げる大革命を,同時代,フランスにいながらまったく知らなかった男の存在は,「歴史とはなんだろうか?」ということを考えさせる興味深いエピソードです。
 それからこの章には,有名な“カスパール・ハウザー”の話も収録されています(「ヨーロッパの孤児」)。カスパールは「気の狂った科学者が造り出したロボットというか,つまりゴーレムなのです」という推理(?)はちょっといただけませんね(笑)。でもカスパールを解剖したところ,「心臓の位置も血液循環の方向も,完全に逆だった」というのは本当なのでしょうか?

98/08/20読了

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