エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』現代教養文庫 1990年

 舞台は12世紀イングランドのシュールズベリ修道院。主人公は,かつて十字軍にも参加した経歴を持つ変わり種修道士・カドフェル。野心家の副修道院長ロバートは,修道院とみずからの権威を高めるため,聖ウィニフレッドの遺骨を手に入れようと,カドフェルらを連れ,ウェールズの小さな村・グウィセリンへ向かう。ところが,遺骨を修道院に移すという提案は,村人の反対にあい,決裂。なんとか和解しようと画策し始めた矢先,村の有力者が死体で発見された・・・。

 「修道士カドフェル・シリーズ1」という副題がついています。NHKのBSでドラマ化されたものが放映されているようで,ときおりその話題をウェッブ上でも見たりしていましたが,わたしはBSを契約していないので,どんな話なのか皆目見当もつきませんでした。
 で,たまたま本屋で原作本がずらり20冊並んでいましたので,「とりあえず」ということで第1巻を読んでみました。

 12世紀のイングランドやウェールズに関する知識を,まったくといっていいほど持っていないため,ちょっとピンと来ないところもありましたが,なかなか楽しめました。やっぱりヨーロッパで修道士というと「老賢者」というイメージがあるのでしょうかね。
 といっても,登場する修道士たちは,そんな浮き世離れした連中ではなく,さすがに性的な方面での欲望は表面に出てきませんが,それでも出世欲やら野心やらを胸に秘め,策謀や欺瞞を操る生身の人間として描かれています。しかし一方で,外界の苦みも甘みも経験し,冷静で寛容な,そしてユーモアの心を持ったカドフェルを配し,その眼を通じて描くことで,修道院という狭い世界で,ともすればドロドロとした雰囲気に陥いってしまう危険を,巧妙に回避しているようです。

 物語は,殺人者は誰か,というフーダニットをメインストーリーとしつつ,修道院側と村人との緊張や恋愛模様,また修道士たちの思惑や企みをからめ,テンポよく進んでいきます。とくに最後に犯人が明らかになり,これで終わりかと思いきや,もう一波乱,それをカドフェルの策略でうまく乗り切っていくあたり,話づくりがうまいですね。このような結末は,カドフェルが,単に真相を明らかにする「探偵」という役割だけではなく,「ほころびた世界」を修繕する「治療者」としての役割も担わされているように思えます。それは修道院で薬草園の管理を任されている彼の役職にもオーバーラップするのではないでしょうか。
 「事件の解決」とは,真相を明らかにするだけではなく,「事件によって攪拌された世界」をもとに戻すことによって,あるいは新たに安定した世界を創造することによって,本当の解決になるのでしょう。それから,カドフェルが,人間観察から推理し,そして犯人を罠にはめ追いつめていく手際は,なんとなく日本の「捕物帖」を思い起こさせる雰囲気がありますね。また機会があったら読んでみたいと思わせるシリーズキャラクターです。

97/06/07読了

go back to "Novel's Room"