フレッド・カサック『殺人交叉点』創元推理文庫 2000年

 2編の中編を収録しています。

「殺人交叉点」
 ボブを殺したのはヴィオレット・・・ボブを溺愛する母親さえもそう信じ込んでいた10年前の事件。しかし真犯人はじつは私なのだ。ところが,時効まであと数日となって,巧妙に隠蔽された二重殺人は,思わぬ展開を見せ・・・

 物語は,「ルユール夫人」「セリニャン弁護士」のモノローグを交互に配しながら進行していきます。冒頭,ルユール夫人の息子ボブに対する溺愛ぶりが描かれますが,その内容は,母親と息子というより,中年女性と若いツバメとの関係を彷彿させるもので,最初のモノローグの末尾に「私の息子。わがボブ」という文章が出てきたときには,思わず目を疑うほどのものでした。このイントロ部分で,この作品全体を覆う「歪み」のようなものが十二分に醸し出されていて,作品に引き込まれていきます。
 またセリニャン弁護士が,犯罪を起こすきっかけとなった疑念を発するシーン―駅で,前日の友人の会話を思い出し,ボブとヴィオレットとの関係に疑問を持つシーンも,いいですね。主人公の逡巡と膨らんでいく疑念が,せつせつと伝わってきます。公衆電話の落書きの扱い方に「にやり」とさせられます。
 そしてなんといっても後半の展開こそ圧巻です。慇懃無礼な恐喝者のキャラクタ造形も,じつに憎々しいものですし,時効寸前になっての「ゆすりの競売」という発想もユニークで,楽しめました。なんとか正体不明の恐喝者の手元にある「明白な証拠」を手に入れようと奔走するルユール夫人とセリニャン弁護士。幸運をいったん手に入れたと思いきや,指の間から抜け落ち,あるいはまた手を離れたと思った幸運が,伝書鳩の如く戻ってくる・・・そのタイム・リミットを設定されたサスペンスは素晴らしいものがあります。
 たしかに本作品は,文庫の帯に書かれていますように,「サプライズ・エンディング」こそが眼目なのかもしれませんが,むしろわたしとしては,そこに持っていくまでの真綿で首を絞めるような,じわりじわりとした濃密さと緊迫感を作りだしている,この作者のストーリィ・テリングの上手さを評価したいと思います。

「連鎖反応」
 2ヶ月後にダニエルとの結婚を控えたジルベール。ところが,愛人のモニクから妊娠を告げられ,進退窮まる。その苦境から脱出するために,ジルベールが選んだ方法とは・・・

 フランス・ミステリはさほどたくさん読んでいるわけではありませんので,もしかするとイメージ的に偏っているかもしれませんが,一読,「まさに,フランス・ミステリ!」と思った作品です。
 結婚を目前に控えた男,妊娠した愛人・・・と来れば,通俗サスペンスでは,即「愛人殺し」へと繋がって行くところでありますが,本作品では,そういった「直球」ではなく,まったく別の人物をターゲットにするところが,まずおもしろいですね。その持って回ったプロセスが鼻についてしまうと,本作品は楽しめないかもしれませんが・・・。
 で,その人物を排除しようと,主人公ジルベールは四苦八苦するのですが,本人はいろいろと知恵を絞るものの,その姿にはどこかユーモアというか,滑稽感があります。たとえば彼が,ある人物を追い落とすために脅迫状を書くのですが,その際「効果は満点だが礼を失せず,不必要に下品にならない手紙がいい」などと思い悩むところなぞ,フランス人らしい大時代趣味が感じられます(<偏見でしょうか?^^;;)。それと,ところどころに挿入される気の利いたセリフも楽しめます。わたしは,ジルベールの愛人モニクの言葉,「あたしはね,悪人になりたくはないけど,お人好しでいるつもりもないの」がお気に入りです。
 ラストの落とし所も,いかにも小池真理子あたりが好みそうなフランス・ミステリの「お約束」といったところですが,思わぬ伏線が効いてきて,「なるほど」と思わせます。

00/10/15読了

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