梶尾真治『サラマンダー殲滅』全2巻 ソノラマノベルス 1992年

 汎銀河聖解放戦線のテロにより,愛する夫と娘を奪われた神鷹静香。みずからの記憶と引き替えに戦士となった彼女は,復讐の戦いに身を投じる。だが彼女の“記憶喪失”は,母星ヤポリスに思わぬ事態を引き起こしていた。襲いかかるさまざまな苦難を排して,彼女は復讐を遂げることができるのか? そして記憶を加速度的に失いつつある彼女の運命は?

 「第12回日本SF大賞」受賞作品。最近,文庫化されましたが,わたしが読んだのは古本屋で買ったノベルス版です。

 愛する者を奪った巨大組織に対して,主人公が単身,無謀とも言える戦いを挑む,というシチュエーションは,冒険小説や犯罪小説など,エンタテインメント作品においては,繰り返し取り上げられているものでしょう。「憎悪」や「復讐」という強い感情や行為は,ストーリィ展開の強力な牽引力になりますし,相手が巨大であればあるほど,つまりその達成の難度が高ければ高いほど,サスペンスが盛り上がり,結末のカタルシスも大きいものがあります。また復讐の過程で傷ついていく主人公の姿は,ドラマに悲愴感を与えます。
 そんな「定番」とも言える設定に,どういったハードルやトラブルを入れることができるか,また主人公がそれらをどんなトリッキィな手段で乗り越えるのか,あたりが,この手の作品のおもしろさを左右するのではないかと思います。またそこに作家さんの力量が発揮されるのでしょう。
 そういった意味で,奇想天外さを得意とするSFというジャンルは,このオーソドックスな設定を巧みに生かすことができる可能性を持っているように思います。
 この作品でも,“汎銀河聖解放戦線”に復讐の戦いを挑む主人公神鷹静香に,SFならではさまざまな試練が襲いかかります。たとえば惑星メフィスでは,“汎銀戦”によって仕掛けられたクリーンリネス弾が,惑星に数万年ぶりに雨を呼び,それによって飛びナメの大集団が地中から蘇ります。そのパニックの最中に,“汎銀戦”最強のテロリストガスマンとの死闘が繰り広げられるところは,「自然的脅威と人為的脅威のミックス」という冒険小説的シチュエーションのSFヴァージョンと言えましょう。
 また復讐のために,その復讐のきっかけである夫や娘の記憶を失わざるを得ず,さらにしだいしだいに心が空白化していくないというところも,いかにもSF的であるとはいえ,あらゆるものを犠牲にして復讐へと突き進んでいく主人公の悲愴感を盛り上げています。
 そして,この作品で巧妙なところは,そんな,主人公がしだいに記憶を失っていくという設定を,単に悲愴感盛り上げの手法として用いるだけではなく,そこから別のトラブルを誘発させ,そのトラブルによって呼び込まれたキャラクタを,のちのストーリィ展開に上手に取り込んでいる点にあるのでしょう。そのトラブルの取り扱いはやや冗長な観もありますが,感動的なラストへ導くために効果的なキャラクタ配置ではないかと思います。
 ミステリでは,古いトリックでも,それが使われるシチュエーション次第では,新鮮な作品に仕上がる場合があります。たとえオーソドックスな設定であっても,そこにSF的想像力を巧みに盛り込むことで,秀逸なエンタテインメント作品ができるということを端的に表した作品と言えるのではないでしょうか。

 ただ,個人的には,後半に出てくる「聖戦」とか,「神軍」とかいう言葉には,ちょっと腰が引けてしまいました^^;;

00/03/26読了

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