エドワード・D・ホック『サム・ホーソンの事件簿 III』創元推理文庫 2004年

 「サム・ホーソン・シリーズ」の第3集です。シリーズ12編とノン・シリーズ1編,13編を収録しています。
 舞台となっているのは,1920〜40年代のアメリカの田舎町ノースモント,そこで起こった事件について,サム・ホーソン医師が回顧しながら語るという設定です。この設定によって,現代のような,しちめんどくさい(笑)科学捜査を導入する必要性を回避しながらも,検死解剖や死亡時刻・死因の推定など,基本的な科学捜査の成果は使えるという,本格ミステリにとっては,なかなか都合のよいシチュエーションになっていますね。

 さて,あらためてわたしが言うまでもなく,本格ミステリのエッセンスとしては,「不可解な謎」「トリック」「論理的な解決」の3つを挙げることができるでしょう。もちろん作品の性格(あるいは作者の「狙い」)の違いによって,各エッセンスのウェイトは異なります。本シリーズの場合,独創的な「トリック」を目指すと言うより,むしろ,「不可解な謎」と「論理的解決」の2つの点に重点を置いているようです。
 たとえば「干し草に埋もれた死体の謎」は,熊の来襲に備えた男たちの眼前に,突如,死体が出現します。一方,「消えた空中ブランコ乗りの謎」は,5人いたはずの演技中のブランコ乗りが,観客の見守る中,ひとり消えてしまいます。「衆人環視下の人間消失」と「衆人環視下の死体出現」と言えましょう。また「墓地のピクニックの謎」は,ホーソンの見ている前で,理由もなく,飛び込み自殺した女性の謎が示されています。そしてもっとも奇天烈なのが,「防音を施した親子室の謎」でしょう。翌日の,まだ犯していない「殺人」を悔いて自殺した男,さらにその「予告」通りに,密室下(隣にはホーソンが座っている)での銃撃事件が発生します。
 いずれの作品でも,ミステリ者の心臓を「グイ」とつかむような魅力的な謎が提出されます。数多くの短編ミステリを書き続けているこの作者だけに,そのへんの「つかみ」の上手さは自家薬籠中のものと言えましょう。
 そして本シリーズのもうひとつの魅力は,それらの謎の「論理的な解決」にあります。もちろんここで言う「論理」とは,「ミステリ小説的論理」であり,周到に引かれた伏線,丁寧に配された手がかりを元に,整合的なプロセスで「解明」へと導かれる「手続き」を言います。さらにそれら伏線・手がかりが,どれほど巧妙に文章中に埋め込まれているか,それが,ミステリにおける「論理的な解決」の善し悪しと結びついています。
 「干し草の…」では,犯人の特定が,さりげない描写−あまりにあたりまえな人物描写の中に引かれた伏線を元に行われています。また爆竹がダイナマイトにすり替えられ,男が爆死する事件を描いた「危険な爆竹の謎」でも,微妙に言い回しを変えた(しかしけっしてアンフェアではない)描写によって,巧みに事件解決への伏線としています。禁酒法廃止のパーティでの毒殺事件を扱った「密封された酒びんの謎」では,「被害者はなぜ毒の入った酒びんを選んだのか?」という,ミステリではオーソドクスな謎が提示されますが,犯人のトリックにホーソンが気づくきっかけが,じつにいいです。

 本格ミステリの魅力が,奇想天外なトリックにあることはたしかですが,上に挙げた2点−「不可解な謎」と「論理的な解決」だけでも,十分に楽しめることを教えてくれるシリーズと言えましょう。

05/08/12読了

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