井上雅彦監修『酒の夜語り 異形コレクションXXIV』光文社文庫 2002年

 「酒のない国に行きたい二日酔い また三日目に帰りたくなる」(とある狂歌 )

 「酒」をテーマにした異形コレクションの第24集。23編を収録しています。
 わたしは,あまり強くありませんが,お酒は好きです。鹿児島在住なので,もちろん焼酎は好きですが,根は洋酒党だったりします(笑)
 気に入った作品についてコメントします。

浅暮三文「小さな三つの言葉」
 妻を殺した男は,ある酒場の噂を耳にして…
 「愛ゆえのカニバリズム」は,しばしばありますが,その「お酒ヴァージョン」。さらにそこに,もうひとひねり加え,ラストもミステリ的ツイストを仕掛けるところは,なんとも「欲張り」な作品です。
南条竹則「八号窖」
 四川の白酒工場を訪れた“わたし”が,そこで見たものとは…
 本編の眼目は,主人公が経験した白酒工場の怪異そのものではなく,その怪異さえも「飲み込む」,人間の貪欲さなのでしょう。ちなみに,わたし,白酒はちょっと苦手です(笑)
中井紀夫「ジントニックの客」
 いつもは4人連れで来る客が,めずらしくひとりでやってきて…
 非常に古典的なモチーフですので,オチは途中で見当がつくのですが,女性バーテンダーとの会話が,じつにアダルティな雰囲気を醸し出していますし,また最後の「締め」も,きっちり決まっていていいですね。
倉阪鬼一郎「夢淡き,酒」
 敗戦の混乱が一段落した東京で,小さな酒場を経営する男の過去には…
 内容がどうの,というより,この作者が,こういったテイストの作品を書いたことに驚きました。やはり「酒」は,人を変える?(笑)
山下定「瓶の中」
 夜ごとに悲鳴を上げる父。その理由は…
 この作品で描かれる主人公と父親との「距離感」は,息子という立場に立つ人にとっては,多かれ少なかれフィットしてしまうところがあるのではないでしょうか。とくにラスト,自分の中に父親と「同じ部分」を持っていることに気づいたときの,何とも言えない気持ちは…
吉川良太郎「苦艾(にがよもぎ)の繭」
 アブサンの密輸業者である“わたし”の元に,最高級アブサンが持ち込まれた…
 蒸留酒と錬金術師…ある種の「酒にまつわる蘊蓄」的なストーリィは,ラストにいたって,恐るべきアマルガムへと変貌します。その奇想が,じつにおぞましくも,おもしろいです。
青井和「赤い渦紋」
 滅びた村へ向かう“私”は,そこで最後の儀式を行う…
 今でこそ,日常的な飲料である「酒」は,かつて,その酩酊感が,「神に通じる道」として認識されていたのかもしれません。そんな「酒」を用いての「あったかもしれない歴史」を描いています。
北原尚彦「首吊少女亭」
 スコットランドの田舎のパブで,このうえなく美味なスコッチを飲んだ“私”は…
 都市伝説でしばしば見かける「海外で無防備な日本人女性」というモチーフに通じるものがあります。そして,この世のものとは思えない「美しいもの」「強いもの」「美味しいもの」の背後に「魔」が潜んでいるというのは,さらに長い伝説としての歴史を持つのでしょう。
石神茉莉「夢の入れ子」
 酒で家庭を壊した男…ただ幼い娘だけは,彼を慕い…
 怪異の素材は,ありがちなシンプルなものですが,「少女の眼」を通すことで,幻想的で,やるせない雰囲気を上手に盛り上げています。
草上仁「秘伝」
 巨大なゴミの廃棄場で暮らす杜司は,父親秘伝の酒を作ることを目指し…
 動物の嗅覚が敏感なのは,腐ったもの(≒毒)を回避するためだと言います。しかし貪欲な人間は,その「腐敗」さえも,「発酵」という名のもとに,調理法の一部に取り入れてしまいます。本編は,そんな「発酵酒」が宿命的に持つ「皮肉」を,二重三重に描き出しているように思えます。
薄井ゆうじ「酒粥と雪の白い色」
 夜,雪原を彷徨う男がたどり着いた一軒家。そこに住む老婆は…
 冷たい雪と温かい酒粥,男と女,若さと老い,そして「過去」と「現在」…さまざまな「対」になるものが,ほんの一瞬,重なり合い,幻想的な世界を生みだしています。
加門七海「朱(あけ)の盃」
 「貴殿に盃取らせよう」…川端にたたずむ男に,老人はそう言って朱の盃を差し出した…
 「この世に居場所がない」という感覚と,「この世」から抜け出そうという決意…多かれ少なかれ,人はその「狭間」で心を揺り動かしているのかもしれません。
菊地秀行「思いつづけろ」
 ほとんどの人間が「連れ去られた」世界で,“おれ”たちが生き延びるための方法は…
 多くの作家が,さまざまな「地獄」を描いてきましたが,本編は,その中でもとびきりユニークなもののひとつでしょう。

05/12/11読了

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