レジナルド・ヒル『最低の犯罪』光文社文庫 2000年

 「英米短編ミステリー名人選集」の第8作にして,最終巻です。シリーズ全作を読んだ訳ではありませんが,翻訳物の短編集がけして多くない現況において,短編ファンにとっては嬉しい企画でしたね。このシリーズは,休刊した日本版『EQMM』の「置きみやげ」なんでしょう。
 気に入った作品についてコメントします。

「雪はくぼんでいた」
 ダンジール警視が目を覚ますと,ブロンズ像が雪の上を歩き,食堂からは朝食の材料が盗まれていた…
 どうやらシリーズもののようです。「雪の上を歩くブロンズ像」のトリックは,「知らないとわからない系」とはいえ,スラプスティクの中に巧く埋め込まれた伏線が楽しめます。ラストの着地も苦笑させられます。
「精神科医の長椅子に横たわって」
 あんただって聞きたいんだろう。おれがなんで連続殺人犯になったかを…
 連続殺人犯の“おれ”が,精神科医に,自分の半生を語りかけるという体裁の作品です。この手の作品は,最後に思わぬどんでん返しが待っている,というパターンが予想できますが,そういった意味では常套的と言えましょう。しかし,そこに苦笑を誘う「プラスα」があるところ楽しいですね(なにが「プラスα」かは,ネタばれになるので・・・)。
「見知らぬバスの乗客」
 車のエンジン不調でバスに乗ったジョージは,ひとりの男と知り合い…
 「交換殺人」ならぬ「交換泥棒」の話。その手の話の展開としては「いかにも」ですし,終わりも尻切れトンボな感じがして,う〜む,と思っていたのですが,しばらくしてから,「なるほど」と納得。最後のセリフのダブル・ミーニングが「にやり」とさせられます。
「ストーンスター」
 わたしはストーンスターと呼ばれる家で生まれたので,人に名前をたずねられるとそう答えるようにしている…
 “わたし”の過去の回想シーンと,その“わたし”が受ける拷問シーンが交互に描かれていき,両者が交錯するとき,物語の構造が浮かび上がるという手法は,オーソドックスといえばオーソドックスですが,一時代前の凄絶な復讐劇が迎える幻想的で哀しいラスト・シーンが印象的です。
「次点の男」
 いつも次点に甘んじていた男の一世一代の晴舞台。しかしそこでもやはり…
 「皮肉」というには,あまりに哀しい物語ですね。「本当の悲劇は,人生の目的を遂げられないことではなく,親友がその目的を残らず達成してしまうことである」という言葉が,なにやらずっしりと来ます。きっと主人公の「敗因」は,自分の人生を「影の人生」と思いこんでしまったことにあるのでしょう。
「巷説」
 アンが耳にした巷説は,かつて自分が吹聴したものだった…
 「都市伝説ネタ」が好き,という贔屓目もあるのでしょうが,本集中,一番楽しめた作品です。研究のために自分が流した「噂」が,実際に起こってしまう,という奇妙な展開と,その末にやってくる思わぬツイストが,この作者のストーリィ・テリングの巧みさを物語っています。
「鹿狩り」
 自分の領地で発生した「鹿狩り」の犯人を捕まえてくれと依頼された私立探偵のジョーは…
 黒人の私立探偵ジョー・シックススミスを主人公としたシリーズものの1編。謎解きはちと唐突なところもありますが,イギリスを代表する,とあるミステリ作品を上手に換骨奪胎しています。オチもすっきりしていてグッドです。

00/06/01読了

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