塩野七生『ローマ人の物語1・2 ローマは一日にして成らず』新潮文庫 2002年

 「歴史は必然によって進展するという考えが真理であると同じくらいに,歴史は偶然のつみ重ねであるとする考え方も真理になるのだ」(本書より)

 紀元前753年,若きロムルスは,3000人のラテン人を連れてローマに移り住む。それが1000余年に及ぶローマの歴史のはじまりだった。王政から共和政への政体の変化,貴族と平民との間に繰り返される抗争,紀元前390年の「ケルト・ショック」を乗り越えて,ローマは着実に領域を広げていく。そして紀元前270年,ついにイタリア半島を統一する…

 この作者の作品を読みはじめて,すでに20年近くになります。すべての作品を読んでいるわけではありませんし,また発表順に沿って読んできたわけでもありません。しかし,この作者の「視線」は,少しずつ変わっているように思えます。
 初期の作品ともいえる『ルネサンスの女たち』『神の代理人』『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』などにおいて,作者の眼差しは「個人」に向けられています。ですから,これらの作品は「列伝」あるいは「評伝」といった体裁をとっており,主としてルネサンス期のイタリアで活躍したさまざまな男女を描くことで,当時の社会や歴史を描き出そうとしています。
 それが,貿易国家として地中海に君臨したヴェネチアの興亡を描く『海の都の物語』の頃になると,作者の視線は「システム」「組織」「政体」へとシフトしていきます。いや,それらをも視野に含めて「長い歴史」を描き出そうとする方向へと変わっていくように思います。また地中海世界の没落を描く三部作『コンスタンティノープルの陥落』『ロードス島戦記』『レパントの海戦』もまた,個々の歴史的エピソードを取り扱いながらも,地中海をめぐる「長い歴史」を物語る姿勢が見られます。
 しかしそういった「システム」や「長い歴史」への傾斜が見られながらも,初期作品で取り上げられる「個人」に対する目配りをも失っていないのが,この作者の「歴史物語作家」としてのバランス感覚とも言えましょう。この,古代ローマの盛衰を描く本作品においても,長い間に培われてきたこの作家さんの力量が十二分に発揮されているように思います。まだ長大な物語のオープニングに過ぎない1・2巻ですが,このふたつ−個人とシステム−を的確に配しながら,リズミカルにローマの歴史(前半はやや「英雄伝説」的な色彩も強いですが)を語っていく巧みな「語り口」は,まさに自家薬籠中のものと言えましょう。

 ただちょっとわからないこともありました。作者は,ローマによるイタリア半島統一の要因を,ローマ人の「開放性」に求めているようです。たしかに征服した人々をみずからの内に取り込んでしまう「開放性」は,「支配」においては,ひとつの有効な手段とも言えるわけですが,「領土拡張」の理由までも「開放性」に求めるのは,ちょっと理解しにくいものがあります。まぁ,古代国家において,より広い土地の占有と,より多くの人間=労働力=軍事力の保有は,そのままストレートに国力になるわけですから,対外戦争の継続は,当時の国家においては「宿命」みたいなものなのかもしれず,それを前提にして「なぜローマが?」ということなのかもしれませんが…

02/07/11読了

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