井上雅彦監修『ロボットの夜 異形コレクションXVII』光文社文庫 2000年

 復活した「異形コレクション」の第2弾です。
 本書のタイトルを見て,まっさきに思い浮かべたのが,中井英夫『人形たちの夜』です。「ロボット」と「人形」・・・もちろん両者には,どこか似通ったものがあります。人形が「ひとがた」とも読むように,ロボットもまた,しばしば人の形態をとります。しかし,ただそれだけでなく,人形もロボットも,人がなにかを「託す」対象であるという点で,共通します。
 「流し雛」という民間習俗において,「雛人形」は,人間のケガレや哀しみを託され,川へと流されました。ときに子どもをかたどった人形は,健やかに子どもが育つようという願いを託されました(子どもの死亡率が今よりもはるかに高かった過去において,その願いはより切実だったでしょう)。
 一方,ロボットもまた,(フィクションの上とはいえ)人間の替わりとして,さまざまな仕事や想いが託されます。たとえば人間が足を踏み入れることのできない危険な場所−原子炉の炉心部やはるかに遠い極寒の,あるいは灼熱の惑星などなど−に送り込まれます。また死者の代替物としてロボットを製作する行為−鉄腕アトム!−は,死者を忘れられずに,死者そっくりの人形を作ることと響き合うものがあります。
 そして,あまりに深い人形への想いが,しばしば人形に「魂」を与え,人間にとって恐怖の対象となる「人形怪談」へと繋がることを考えれば,繰り返し取り上げられる「ロボットの叛乱」というモチーフもその系譜にしっかりと乗るものと言えます。ロボットの物語は,SFという衣をまといながらも,連綿と語り継がれる人形の物語の末裔であり,嫡子なのでしょう。
 気に入った作品についてコメントします。

草上仁「サージャリ・マシン」
 「人を殺すことができたら」…その医療用ロボットは思った…
 医療用ロボットの「叛乱」を描いた作品ですが,そこに,現代取りざたされている「ある問題」を上手に組み込ませることで,すっきりとしたショート・ホラーにまとめ上げています。着眼点が秀逸です。
斎藤肇「自立する者たち」
 老いた宮大工に取り付けられた「ニニンバオ号」。“彼”が残したものとは…
 どこかで,人間国宝と呼ばれるような伝統工芸の伝承者の技術を,コンピュータで記録・保存(そして再現)するというプロジェクトがあることを読んだことがあります。本編のアイディアと通底するものがあるように思いますが,この作品では,その「残されたもの」を愛情と哀しみをもって描き出しています。
梶尾真治「小壺ちゃん」
 パパの誕生日に,子どもたちは,死んだママそっくりのロボットをレンタルし…
 ネタ的には,あまり新鮮味を感じませんでしたが,ロボットのネーミングが,星新一の名作ショート・ショート「ボッコちゃん」のパロディになっているのには笑いました。
眉村卓「サバントとボク」
 “ボク”の個人用ロボット“サバント”は,“ボク”に変なことを教えるのだが…
 人間とロボットとの倒錯した関係という,SFでは手垢のついたモチーフを,「少年の自立」というナイーヴなテーマに重ね合わせることで,さながら青春小説を思わせる手触りの作品に仕立て上げています。
岡本賢一「LE389の任務」
 敵の基地を爆撃しての帰還途中,遭難した“俺”は,敵方ロボットに捕らえられ…
 この作品も,ある意味,ロボットと人間との倒錯関係を描いていますが,人間の側を兵士−上官の命令に絶対服従のロボットであることを求められる兵士−として設定することで,両者の関係はより微妙なものになっています。「おまえは,本当にそれができたのか? 五万の民間人が死ぬとわかっていたなら,おまえは本当に,任務を拒否できたのか?」というロボットの問いが,重く響きます。
安土萌「ケルビーノ」
 醜いお姫様は,召使いのケルビーノが自動人形なのか,人間なのか,わからなくなり…
 以下に収められた作品は,「ロボットSF」というより「(機械)人形怪談」とも呼ぶべき作品群です。「愛を試すものは,その試しそのものによって裏切られる」・・・そんな言葉が思い出されるブラック・メルヘンです。
横田順彌「木偶人」
 飛騨の匠が作った,精巧なからくり人形。その“子孫”と伝えられる人物がおり…
 「押川春浪シリーズ」の1編。「自分は人間なのか,ロボットなのか」という,ともすれば重苦しくなるモチーフを,このシリーズ独特の淡々とした「語り」で描き出すことで,しんみりとした綺譚に仕上げています。口承されてきた「呪文」という設定もおもしろいですね。今風にいえば,ある動作を発現させる「コード」とでも言うのでしょうか。
早瀬れい「上海人形」
 ホテルのラウンジで隣り合った老人は,昔語りをはじめ…
 老人が語る思い出話,エロティックでグロテスクな挿話,ストンと足元に穴があくようなオチ・・・スタイルとしては,ショートショートの王道を行くような作品です。
江坂遊「缶詰28号」
 特売コーナーで買った,「28号」と書かれた缶詰から出てきたものは…
 「鉄腕アトム」と並ぶ,ロボット・アニメ・ヒーローの雄「鉄人28号」のパロディ。その28号に対する「秘められた願望」を巧みに切り取ってみせた作品です。

00/11/24読了

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