タニス・リー『血のごとく赤く』ハヤカワ文庫 1997年

 原題の副題に「グリマー姉妹のお話」とあるように,グリム兄弟の童話などを素材とした,9話からなる幻想短編集です。訳者はあとがきで,“パロディ集”と呼んでいますが,“パロディ”とはちょっと雰囲気が違うように思います。童話を素材としながら,あるときは正邪を逆転させ,あるときは融合させ,またあるときは微妙にずらしながら,異なる物語を創り上げています。とくに,童話では,最終的には排除され,遠ざけられる“邪悪なるもの”“異形なるもの”を前面にすえ,またそれらをけっして“醜悪なもの”としてではなく,“異質ながら美しいもの”として描くことで,妖美で異端めいた物語に仕立てています。あるいは,子供が“無邪気なもの”“弱いもの”と見なされる過程で,童話から姿を消した(消された)残酷さやエロティシズムのようなものを,ふんだんに盛り込んでいます。そういった意味で,童話が本来持っていた“力”のようなものがあふれているようにも思えます。

「報われた笛吹き」
 ネズミを神として祀る村に来たひとりの笛吹き。彼の笛の音に村人は魅せられるが…
 「神はみずからに似せて人を創った」のではなく,「人はみずからに似せて神を創った」というお話。それゆえ神は,これほどまでに無慈悲であり,また残酷なのでしょう。
「血のごとく赤く」 
 王妃は魔法の鏡をのぞき込むと,こうつぶやいた。「鏡よ鏡,おまえの目にうつらないのは誰?」…
 元ネタは「白雪姫」なのですが,正邪を入れ替えることで,なかなかホラー味のある作品になっています。「鏡」をうまく使っています。ただ結末は,いかにもキリスト教的で,しょうしょう興ざめです。
「いばらの森」 
 男が訪ねた村では,針も刃物もいっさい無い村だった…
 呪われた主人公はたしかに不幸ですが,その呪いに巻き込まれた周囲の人々はもっと不幸でしょう。主人公の呪いが解けたところで,周囲を不幸に陥れたことは,免れないのでしょう。「私はけっして目覚めることはないのでしょう」という,王女の最後のつぶやきがいいです。
「時計が時を告げたなら」 
 埃に埋もれた広い舞踏室。ひとりの男が,かつてそこで起こったことを語りはじめる…
 これも正邪を入れ替えるパターンです。こういう話を思いつくところに,作者の性格がうかがいしれます(笑)。「にやり」とする皮肉っぽい作品です。
「黄金の綱」 
 森に住む魔女は,ひとりの少女を育て上げ…
 ラプンツェルの黄金の髪の毛で登ってくるのは王子と相場が決まっていますが,王子がどこの出身かによって,様子は違ってきます。やっぱり最後はハッピーエンドなのかな?
「姫君の未来」 
 深い沼の底で王子は,我が身の呪いを解いてくれる姫君を待ち続け…
 「蛙の王子」が元ネタ。これも王子の身元がポイント。呪いをかけられたのが,いつも人間とは限りませんし,ましてや善良である保証はどこにもありません。こういった当たり前のことが童話に導入されると,奇妙な雰囲気になりますね。
「狼の森」 
 リーゼルは真っ赤な服を着て,森に住むおばあさまの家を訪ねます。ところが森には狼が…
 主人公がなんともいやな性格です(笑)。狼がおばあさんに化けたのではなく,おばあさんはもともと狼だったというお話。昔のヨーロッパでは,森に住む,ということは,本来“人外のもの”の意味だったようですから,「赤頭巾」のおばあさんもきっとそうだったのでしょう。この作品集で一番楽しめました。
「墨のごとく黒く」 
 退屈していた若者は,ある夜,湖でひとりの少女を見かけ,恋に落ちる…
 幻想的ではありますが,どちらかというとミステリ仕立て。舞台が“現代”となっていますので,むしろ“幻想”が成立すること自体が,すでに“幻想”になってしまった今の時代を暗示しているのかもしれません。
「緑の薔薇」 
 地球に住む異星人は,地球人に高度なテクノロジーを与えるが,見返りを要求することはなかった。たったひとつのことを除いて…
 最後はSF版「美女と野獣」です。主人公の少女の心の移り変わりを丁寧に描きつつ,結末でツイストを効かせます。「異質なものへの愛」というのが,対異星人,対地球人で微妙に移り変わるところが,うまいです。

97/05/23読了

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