アーロン・エルキンズ『楽園の骨』ハヤカワ文庫 1997年

 友人のFBI捜査官ジョン・ロウから「親戚の死因を調査してほしい」と頼まれ,タヒチに飛んだ“スケルトン探偵”ギデオン・オリヴァー。だが,死因調査を依頼したはずのジョンの伯父ニックは,言を翻して,遺体の再発掘を許可しない。いったいその遺体にはなにが隠されているのか・・・。

 “スケルトン探偵”こと人類学者ギデオン・オリヴァーを主人公にしたシリーズも翻訳第8作です。何人かの作家を除いては,翻訳ものは,ときおり思い出したようにしか読みません。このシリーズは,そんな例外のひとつです。
 作者がどこかで「読み終わって,新しい知識が得られ,得した気分になるような作品を書くことを目指している」というようなことを書いていたように思います。最近のミステリは「素材中心主義」みたいなところがあって,あまりメジャーでない業界や素材が好んで取り上げられる傾向にあるようです。たしかにそういった作品は,読んでいて「へぇ,こんな風になっているのか」という感じで,そういう面では楽しめないこともありません。しかしそういった描写がどこか自己目的化しているような面があるのも否定できず,その素材がミステリとしてのストーリーに有機的に結びついていなかったり,あるいは「わたしはこれだけ調べたんですよ」的に羅列され,ストーリー展開を停滞させたりするような場合が,ままあります。
 このシリーズの場合,主人公が人類学者だけあって,人骨や人体に関する描写がかなりのスペースを割いています。しかし,そういった描写(=ギデオンの観察)をもとにして,謎が解けてくるという形をとるので,それらの描写はミステリとしての物語の展開そのものに深く結びついています(本作品では,多少グロテスクではありますが,腐敗した遺体にわいた蛆虫の観察から,その遺体が転落死ではなく,殺害されたものであると判断するところは,なかなか興味深かったです)。素材とストーリーが密接に結びついている点,単なる“素材中心主義”の作品とは一線を画すシリーズではないかと思っています。またそういった専門的な知識を,ジョン・ロウという素人との会話を通じて描写・説明していくあたり,“語り口”が巧妙です。

 さてこの作品ですが,上に書いたような作風を踏襲した,よく言えば安定した内容,ちょっときつい言い方ならば,可もなく不可もなく,といったところでしょうか。前半は,タヒチの描写と合わせて(こういった観光地描写もじつはこのシリーズの特色のひとつなのですが),登場人物たちの人間関係が描かれていきます。真ん中を過ぎたあたりになって,ようやく,このシリーズのメインである,ギデオンの遺体観察にたどりつきます。
 前半部は,「なぜ一度依頼した遺体の再発掘を急遽取りやめたか」という,この作品の大きな謎を解く手がかりを提示する上で,重要な描写なのかもしれませんが,正直のところ,少々冗長な感じがします。で,ギデオンの遺体観察を手がかりに,ストーリーは急展開,新たな事件が勃発したりして,エンディングへと収束していくのですが,前半のゆっくりとした展開と対照的に,バタバタという感じがないでもありません。“犯人”の動機も,伏線らしきものがあまり見られず,ちょっと唐突の感があります。
 でも,いくつか不満は残るものの,やはり語り口の巧さに乗せられ,サクサクと読める作品であり,新作が出たら,しっかり買ってしまうのだろうな,と予感させるシリーズです。

98/01/01読了

go back to "Novel's Room"