恩田陸『puzzle』祥伝社文庫 2000年

 廃墟の島“鼎島”で発見された不可解な3つの死体。ひとつは餓死,ひとつは感電死,そしてひとつはビルの屋上での墜死。四半世紀前に見捨てられた島で,いったいなにが起きたのか? 島に上陸したふたりの刑事は,「事件」と呼べるのかどうかさえ不明な出来事に当惑しながらも,推理を進め・・・

 作者は冒頭から,読者を困惑の渦中へと誘います。「さまよえるオランダ人」「スタンリー・キューブリックの新作映画」「元号スクープ事件」「ボストンブラウンブレッドのレシピ」「2万5000分の1の地図の作り方」,そして鼎島での死体発見を伝える新聞記事・・・「piece」と名づけられた序章において,これらが,無造作とも言えるほど,「ポン」と投げ出されます。
 ミステリの常套的なひとつのスタイルとして,一見無関係に見える物事・出来事同士が,思わぬ経路を通じて結びつくというものがあります。その結びつき方のユニークさが,そのミステリ作品としての個性ともなるわけです。
 そういった意味で,この作品のオープニングは,じつにミステリとして魅力的なものと言えましょう。しかし,それだけでなく,「廃墟の島」という特異な舞台設定に加え,その島で発見された特異な3つの死体−餓死・感電死・墜死−という,さらなる謎を畳み掛けることで,困惑の度をズンズンと深めていきます。「もしかしてファンタジィへと転回していくのか?」と思わせるほどの,カオスを現出させてみせます。

 もちろん,これらまったく関係なさそうな「piece」の群は,タイトルにあるように,「puzzle」として,1枚の「絵」に再構成されていきます。そしてそれは当然,「puzzle」としての明解さを持っています。しかし,「puzzle」の「内部」では明解さを持ちながら,その結果として描き出された「絵」には,その明解さを拒絶するような,曖昧さ,幻想性が漂っており,そこが,この作品のユニークさを生み出しているように思います。
 作中,何度か「ブロッケンの妖怪」に言及されています。ドイツのブロッケンでしばしば見られることから,この名称のつけられた怪異は,深く立ちこめた霧に写し出された自分の影が,さながら「妖怪」の如く見えるという自然現象です。
 たしかに「puzzle」は,明解に,論理的に解きほぐされ,再構成されますが,その再構成されたものは,まるで「ブロッケンの妖怪」の正体のように,霧に写し出された「虚像」の如き「非現実感」があるのではないでしょうか?

 作中の「puzzle」は解かれました。しかし,その「puzzle」そのものを成り立たせたもの――それが,新たな,読者が解かねばならない「puzzle」−なぜ“犯人”は,その事件の現場におもいたのか?−として,最後に読者の前に立ち現れてくる・・・そんな作品のように思えます。

00/11/12読了

go back to "Novel's Room"