横溝正史『ペルシャ猫を抱く女』角川文庫 1977年

 巻末の「解説」によれば,1946〜49年にかけて発表された作品を集めた短編集です。ちょうど「金田一耕助譚」の一連の代表作−『本陣殺人事件』『獄門島』『八つ墓村』などが刊行された時期と並行して書かれた「非・金田一もの」9編を収録しています。

「ペルシャ猫を抱く女」
 早苗を怯えさせる1枚の肖像画に秘められた秘密とは…
 基本的には,あまり好きではない「知らないとわからない系」トリックなのですが,ねっとりとしたストーリィ展開に対するカウンタとして「スコン」とはまっていて楽しめました。ラスト一文の痛快さもいいですね。
「消すな蝋燭」
 雷雨の夜,小さな祈祷所で巫女が殺された…
 他の作品もそうなのですが,短編におけるモチーフやシチュエーションが,上記の代表的長編にも採用されることが多いようです。殺人現場に「祈祷所」と用いられている本編も『獄門島』との共通性が見られます。タイトルにある「蝋燭」が二重三重にトリックに取り込まれているところが巧いですね。
「詰将棋」
 詰将棋をめぐる確執の果てに,ひとりの男が殺された…
 この作品も,トリックそのものというより,「トリックの指向性」みたいのが,作者の某有名作品(<ネタばれのため自粛)とのシンクロが見られるように思います。ただ「詰将棋」というモチーフと事件のトリックとが,あまりマッチしていないところがいまひとつ。
「双生児は踊る」
 キャバレーで起こった殺人事件。その背後には未解決の銀行強盗事件が見え隠れし…
 本編に登場する夏彦・冬彦という双子のキャラが,いいですね。終戦直後の混乱期にあわせた,ちょっと退廃的な雰囲気は,現代に蘇らせてもけっこう「立つ」のではないでしょうか。消えた大金,真っ暗闇の中での殺人,警察の目前で起こった連続殺人と,けれん味たっぷりの展開に,作者のどこか諧謔味のある文体がよくフィットしていて,ストーリィにほどよいリズムを与えています。小技を連携させたトリックも,その雰囲気に合っています。本集中,一番楽しめました。
「薔薇より薊へ」
 妻が見つけた3通のラヴレター…それは恐るべき殺人計画だった…
 この作品も,この作者の某有名作品を思い出し(<あら探しか?^^;;),真相は途中でだいたい見当がつくのですが,真犯人の歪んだ(歪まされた?)心理は,どこかサイコ・サスペンスに通じる不気味なものがあります。
「百面相芸人」
 「顔面模写」を売り物にする芸人に,奇妙な依頼があり…
 プロットは,もうコテコテの古典的なものであり,問題は「なぜばれたのか?」というところに焦点が当てられますが,それを思わぬ展開で「うっちゃり」を喰らわされました。この作者もこういった「人を食ったような」キャラクタを造形するのかと,驚きました。
「泣虫小僧」
 「泣虫小僧」とあだ名される浮浪児は,盗みに入った家で死体を発見し…
 「詰将棋」と同様,主人公を「泣虫小僧」に設定することの意味が,ストーリィといまひとつ噛み合わない感じがしましたが,終戦直後の混乱した世相を,その「泣虫小僧」で巧みに切り取って見せているところは,この作者のストーリィ・テリングの力量なのでしょう。
「建築家の死」
 その奇妙な屋敷から,すすり泣きが聞こえてくる理由は…
 本格ものが多い本集中,むしろ戦前,作者が得意とした変格もの−「鬼火」とか「蔵の中」など−を彷彿させる作品です。
「生ける人形」
 映画女優が,会ったこともないサーカスの一寸法師を刺殺したのはなぜか?
 狂気と幻想に満ちた世界が,その「世界内」でいったん落着しながら,それをひっくり返す苦い真実。ある意味,本格ミステリの持つ「宿命」のカリカチュアのようにも見えます。

03/01/10読了

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