稲見一良『男は旗』新潮文庫 1996年

 かつて「七つの海の白い女王」と呼ばれたシリウス号も,いまでは海に浮かぶだけのホテルとなっていた。しかし,おりからの経営不振のため,大企業に売り渡されることになってしまう。が,まさにその譲渡の朝,シリウス号は係留の鎖を断ち切り,ふたたび大海原へと躍り出る・・・。

 おもちゃ箱のような小説です。二度と来るはずのなかった船出,宝島を記した古地図,海賊の襲撃,幻の鳥グァン救出作戦,国際盗賊団マルタズ・オクトパス(=マルタのタコ(笑))との対決,お宝を発見しての凱旋。もうここまでやってしまわれると,ほとんどお手上げ,「もう好きにして!」状態です。10年以上停泊していた船をひとりかふたりのエンジニアで復活できるのか,とか,救うためとはいえ,勝手に鳥の生息地を移動させて生態系に影響はないのか,とか,第二次大戦中の銃器の火薬はちゃんと発火するのか,とか考えてはいけません(^^;。少年の心に戻って,ただただ登場人物たちが繰り広げる,荒唐無稽,破天荒な冒険活劇を追いかけること,それが本作品を楽しむコツなのでしょう。

 ・・・・なのでしょうが,やっぱりこの作家の作品の魅力は,短編だからこそ楽しめる部分があるのではないでしょうか。一瞬,あたかも白昼夢のごとくかいま見えるファンタジーだからこそ,楽しめるような気がします。文庫版250ページは,長編としてはそれほど長くはないでしょうが,やはりこの手のファンタジックな物語としては,個人的には長すぎます。どうしても途中で醒めている自分に気づいてしまいます。上に書いたような「考えてはいけない」ことを考えてしまいます。だから後半,正直なところ,読んでいて少々つらかったですね。ものごとは,シンプルであるに越したことはない,とは思うものの,その単純さを「純粋さ」に読み替えることに,どこか詐術めいたものを感じてしまうというひねくれた性格が邪魔をしているのでしょうか? あるいは鎖を断ち切って「出帆」できないものの単なる嫉妬なのかもしれません。「醒めてしまっては楽しめない」ことを重々承知しつつも,醒めてしまった以上,楽しめないのは,いたしかたありません。

 それでもこの作者の描く「悪ガキ」は,あいかわらず魅力的ですね。

97/07/28読了

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