富樫倫太郎『雄呂血(おろち)』カッパ・ノベルス 2000年

 平安時代末,権力は貴族の手から武家へと移りつつあった。そんな乱世の予兆が漂う時代,紀伊山中に潜む闇の一族にひとりの少年が生まれた。彼の名は“雄呂血”。平氏と源氏が,次代の覇を争う中,苛酷な運命を担わされた一族が彼に託した悲願とは? そして数百年に渡って天皇家を影から操る「百済の三魔人」とは?

 書店のノベルス・コーナーに行くたびに,その京極夏彦並の(笑)厚さのせいか,いつも視界に入っていたのですが,今回が初読です。

 さて物語は,雄呂血誕生のプロローグののち,狼退治を命じられた渡辺綱坂田金時が,老獪な狼の首領腐留頭との死闘の末,洞窟で落盤に遭遇,20年の時を超えるところから始まります。渡辺綱といえば,『今昔物語』(でしたっけ?)に出てくる「羅生門の鬼退治」で有名な豪傑ですし,坂田金時は,金太郎さんの名前で親しまれている,これまた有名な怪力の持ち主です(本編では幼少時に狼に育てられた野生児として設定されています)。彼らが時を超えるというところは,「本来いるはずのない人物が歴史の裏面で活躍する」という伝奇ものの伝統的パターンを踏襲していると言えましょう。それが渡辺綱&坂田金時のコンビと来れば,これはもうワクワクものです。
 さらに平安京の独裁者鳥羽法皇と関わりを持つ奇怪な「百済の三魔人」や,源義朝平清盛藤原頼長といった面々の熾烈な権力抗争などが加わって,物語をぐいぐいとストーリィを展開させていきます。中盤の,熊野を舞台にした「百済の三魔人」と雄呂血との,この世ならぬバトル・シーンは,さながら特撮ものを見るような破天荒さとけれん味にあふれていて楽しめます。またラストのクライマクス,保元の乱での綱&金時,源為朝の活躍は,この時代特有のちょっと大仰な,のちの時代の戦争から見ればある意味牧歌的な雰囲気にあふれていて,戦国時代などを描いた作品とは異なる独特の手触りが感じられます。
 さまざまな,歴史上の人物とフィクショナルなキャラクタが入り乱れて織りなす世界は,伝奇小説の醍醐味を味わえる作品と言えましょう。

 ただ不満な点もいくつかあります。
 ひとつめは,中盤以降,文章的に繰り返しが妙に目立つようになることです。とくに雄呂血が,三魔人の棲む「幻影宮」に乗り込んで戦いを繰り広げるシーンに,雄呂血の回想が挿入されるのですが,それはすでに描かれていること,バトル・シーンに必要な緊迫感,スピード感を削いでいるように思えてなりません。同様の繰り返しは,他の部分でも何度か見られます。たしかに長い物語の要所要所で,それまでのストーリィを確認することは,読む側にとって読みやすさという点でうれしいことですが,もっとコンパクトに,その物語の「今」の流れを阻害しない程度に留めてほしいものです。
 それともうひとつの不満は,綱&金時のストーリィと雄呂血のそれとが,十分に絡んでいない点にあります。冒頭,作者は,雄呂血が「四つの奇蹟」によって守られていると設定しており,その最初の奇蹟が,時を超えた綱&金時とされています。ところが,この「時間移動」が雄呂血に何をもたらしたか?というと,いまいちはっきりしない。さらには後半になって,彼らの時間移動に対して違う意味が与えられてしまい,雄呂血とはまったく「別個の物語」が生み出されてしまいます。最後の保元の乱にも,結局,雄呂血は関与せず,「これまでの雄呂血の物語はいったいなんだったんだ?」という疑問が拭いきれません。
 つまりは,ふたつの物語−雄呂血の物語と綱&金時の物語−が,ニアミスしながらも有機的に結びついていない,その結果,タイトルであり主人公であるはずの雄呂血が,どこか「狂言回し」的な役割になってしまっている,そんな感じがします。

01/05/06読了

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