山田正紀『女囮捜査官5 味覚』幻冬舎文庫 1999年

 「そもそも,この世に異常でない人間などいないのではないか。人間はすべて悪意に満ちた異常者であり,異常犯罪を追い続ければ,ついには人間という巨大な異常者と対峙せざるをえないのではないか。」(本書より)

 JR新宿駅西口で女の切断死体が発見された! 密告電話をもとに西口地下通路で網を張る北見志穂たち,特別被害者部。だが見張っていた女は乗った長距離バスで,ボストンバッグに詰められた死体となって発見された。そして彼女を追った特被部部長・遠藤慎一郎が失踪。さらに特被部の捜査官,広瀬,水樹がつぎつぎと殺害された。壊滅の淵に瀕した特被部で,志穂だけが巨大な敵に戦いを挑む・・・

 バスに乗ったはずの女性が,そのトランク・ルームから死体で発見されるという不可能犯罪,さらに渋滞の小仏トンネル内で起こった密室殺人と,オープニングから飛ばしていきます。また特別被害者部の捜査官広瀬水樹がつぎつぎと殺され,遠藤慎一郎部長も失踪・・・なんだか刑事ドラマの最終回(笑)を思わせるような展開です。はたまた事件の背後に浮かび上がる「美食倶楽部」なる巨大権力集団,と,いかにもシリーズ最終作らしい,大風呂敷を広げた1編になっています。
 巨大権力に正攻法ではなく,ゲリラ戦で仕掛けるところは,この作者らしい発想ですね。それは,権力に対する正攻法が,けっきょくは「権力闘争」になってしまうことへの失望感の裏返しなのかもしれません。
 また,真犯人についても,「これはもしや?」と思わせておいて,巧みにうっちゃりをかけ,「やっぱりちがうのか・・」と思ったところで,もうひとひねり,と,読者を翻弄させる二転三転のツイストは,なんともうまいです。
 ただ前半にぶちあげられた,ふたつの不可能犯罪のトリックはいまひとつ,といった感じですし,またその謎解きも,だらだらとした真犯人の告白という形のため,盛り上がりに欠けるように思われます。

 それと,これはもう,個人的な嗜好としか言いようがないのですが,こういったSM的世界というのは,どうも生理的に受け付けないところがあって,正直なところ,読んでいて,しんどかったです。ですから,主人公北見志穂の心の揺れ動きもピンと来るものがありませんし,真犯人の心理にいたっては,もうなにがなにやら,といったところです(この心理が密室殺人の謎と密接に結びついているところが,そのトリックを楽しめなかった要因のひとつでしょう)。
 人には多かれ少なかれ,「S的心性」と「M的心性」が混在していると聞きますが,やっぱりどうも,あまり関わりたくない「あっちの世界」ですね,わたしにとっては・・・^^;;(このネタでなければ,もっと楽しめたかもなぁ・・・)

 ところで,本書を読んでいて,望月三起也『ワイルド7』最終話「魔像の十字路」を思い浮かべた方,おられませんか? わたしは思い浮かべました(笑)。

98/06/27読了

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