山田正紀『女囮捜査官4 嗅覚』幻冬舎文庫 1999年

「みんなユカちゃんみたいになろうとして必死に生きてきたんだもんな。みんな,そうだ。あんなふうになりたかったんだ。必死に歯を食いしばって生きてきた。昭和ってそんな時代じゃなかったのかな?」(本書より)

 新宿芝公園付近で続発する放火事件に,警察は厳戒態勢で臨んだ。しかし警察の裏をかいて放火は起こり,おまけに現場すぐそばで全裸女性の死体が発見された! そして死体のそばに置かれた裸の「ユカちゃん人形」。それが「人形連続殺人事件」の幕開けだった・・・

 本格ミステリでしばしば取り上げられる「見立て殺人」では,奇怪な道具立ての背後に合理的な動機が存在するのが常道です。たとえば,犯行の順番を誤認させるとか,殺害の真の意図を隠蔽するとか,誰かになにかを思い出させるとか,です。
 しかし,さまざまなタイプの犯罪を描くようになった現代のミステリ・シーンでは,ときに「見立て」そのものが犯行の目的になる場合があります。狂的な犯罪を描いた「サイコもの」では,そういった傾向が強いようです。「見立て」にこだわる犯人像を描き出すことで,人間の心の闇をえぐり出そうとするわけです。
 この作者は,明らかに「リカちゃん人形」をモデルにしたと思われる「ユカちゃん人形」をめぐる「見立て殺人」を描くことで,犯人の心の奥底に潜む狂気を描出するだけでなく,「ユカちゃん(リカちゃん)人形」に託された「時代の夢」のようなものをもあぶり出そうとしているようです。

 「ユカちゃん(リカちゃん)人形」が体現した「(アメリカ的)豊かな生活」を追い求め,それが達成されたかに見える「現代」(“犯人”の「ユカちゃん人形に似た人が意外に多いことに気がついた」というモノローグは,単なる狂気に還元できない象徴的なものが含まれているように思います)。しかしそんな時代の「風」が押しつぶしていったもの,失わせたもの・・・この作品では,それらをいろいろな角度から描き出します。
 たとえば,日本の経済成長を支えた大田区の「町工場群」,「ユカちゃん人形」を作りながら,「ユカちゃん的世界」を現実化できなかった街。もちろん豊かさだけが原因ではないでしょうが,増加する少年犯罪(作中に出てくる「卒業」という言葉が持つ意味が明らかにされたとき,ゾクリとする怖さを感じました)。原因不明の停電を繰り返す大都市・東京。そしてなにより,「時代の夢」を共有できなかった犯人の狂気・・・
 「ユカちゃん人形」に見立てられた死体・・・それは,かつての日本人の心をとらえて離さなかった「時代の夢」そのものの「死体」だったのかもしれません。

 作者は,これらの要素を巧みに関連づけ,配列しながら,ミステリとして,エンタテインメントとして楽しめる作品に仕上げています。ここらへんの力量はさすがというべきでしょう。とくにこの作者お得意の巧妙な伏線には,今回もうならされました。さらにこの巻では,主人公北見志穂と行動をともにする袴田刑事の過去が明らかにされます。無能で,無気力な刑事,あちこちで厄介者扱いされ,各部署をたらい回しされた挙げ句,特被部に「押しつけられた」袴田刑事のもうひとつの「顔」が描かれ,シリーズものとしてのおもしろさにも配慮されています。

 いよいよ,このシリーズも残り1冊。作者はどういうエンディングを用意しているのでしょうか? 楽しみです。

99/02/19読了

go back to "Novel's Room"