池波正太郎『鬼平犯科帳(五)』文春文庫 1978年

「その,いのちがけというやつを,私は,もう二十年もさがしつづけて来たのですよ」(本書「乞食坊主」より)

 さてこの巻のメインは,やはりなんといっても,鬼平の宿敵“網切の甚五郎”との対決を描いた「凶賊」でしょう。甚五郎は,かつて火盗改方の同心を女を使って誘惑,夜回りの情報を流させ,平蔵を翻弄した凶盗です。その彼が,平蔵の抹殺を目論むというエピソードなのですが,そのストーリィ・テリングが,じつに巧いです。
 作者はまず,「鷺原の九平」という老盗賊を登場させます。「ひとりばたらき」をする彼は,旅の途中,甚五郎一派による平蔵抹殺の計画を耳にします。普段の彼は「加賀や」という芋酒の美味しい店の亭主,そこにふらりと訪れた浪人風の男に好感を抱くのですが,その浪人風が平蔵であることを知ります。盗賊である九平にとって火盗改方は鬼門,しかし平蔵には好意を持ち,落ち着かぬ心で,ひとり平蔵抹殺計画を探ろうとします。
 一方,平蔵のもとに大身旗本・最上監物から内密の相談事が持ち込まれ,しぶしぶながら平蔵,それを承諾します。そして九平と平蔵,ふたつの流れがまさに交わらんとするとき,甚五郎の恐るべき計画が発動,クライマックスへと雪崩れ込みます。
 本シリーズはミステリでないので,こんなことを言うのは明らかに筋違いなのですが,この作者,イントロは謎めいているのですが,エピソードの途中で,わりとあっさり“裏”を割ってしまいます。ミステリ好きのわたしとしては,ミステリでないと重々承知していても,そこらへんにいまひとつ食い足りないものを感じていました。ところが,このエピソードでの九平と平蔵,ともにそれぞれの視点から“事件”を見ていますので,ラストになるまで全貌が見えない,そのためクライマックスにいたるサスペンスが十二分に盛り上がります。
 加えて,そのクライマックスでの剣戟シーン,危機一髪の平蔵の運命はいかに! といったところはまさに時代物の醍醐味を感じさせます。いやいや,堪能させていただきました。ごちそうさま((C)京極夏彦(笑))。

 本集でもう1編おもしろかったのが,「乞食坊主」です。盗賊の打ち合わせを耳にした乞食坊主,彼を殺そうと刺客を雇った盗賊,ところがこの乞食坊主,タダモノではなく・・・,というエピソード。かつて同門で剣を学んだ男たちの皮肉な再会を描く,『剣客商売』に似たテイストを持った作品です。ただあまりキャラクタを増やすと,たがみよしひさのマンガみたいになってしまうのでは,と,ちょっと不安(笑)。

98/09/25読了

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