ローレンス・ブロック『おかしなことを聞くね』ハヤカワ文庫 1992年

 「時というのは過ぎてからでないと,それを浪費したことがわからない」(本書「窓から外へ」より)

 『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』を中心に邦訳された作品18編をおさめた短編集です。
 全編を読み通して感じたのは,この作者は語り口の巧みさです。ネタ的にはとびきり斬新といえるものではありませんし,ときにオチが予想ついてしまうものもあります。しかし,そこにいたるまでの話の展開のさせ方,描き方がじつにうまいのです。とくに「会話」は絶妙なものがあります。

 たとえば冒頭の「食いついた魚」は,釣り場で偶然知り合った男が,自分の体験を語り始めるという話ですが,タイトルからして,その行き着く先は見当がつきます。しかし,男の淡々とした語り口が,次第次第にエスカレートする内容をよりグロテスクに見せるのに効果的です。
 また「われわれは強盗である」は,大きな仕事を目前に控えて,ガソリン・スタンドに立ち寄った強盗二人組は・・・という内容。単純といえば単純なクライム・ノベルではありますが,ふたりの強盗―ヴァーンニュートン―の間に交わされる会話のテンポの良さが作品に軽快感を与えています。またスタンドのマスタが,「善人」なのか「詐欺師」なのか,最後までわからないところもおもしろいですね。「保険殺人の相談」で登場する兄弟の会話も,とぼけているというか,間が抜けているというか,ビターなユーモアにあふれています。
 「成功報酬」「詩人と弁護士」は,ともに悪徳弁護士マーティン・エレイングラフを主人公としたシリーズものですが,マーティンの慇懃でいて,どこか底意地の悪さを秘めた語り口が,作品全体に「うさんくささ」を横溢させています。マーティンが語る内容は本当なのかどうか,そのあたりがいっさい不明ながら,「悪意」がじわりじわりと伝わってきます。とくに「詩人と・・・」のアイロニカルなエンディングは苦笑させられます。

 本作品集で,わたしがとくに気に入ったのは,表題作「おかしなことを聞くね」「動物収容所にて」の2編です。「おかしな・・・」の方は,古着のジーンズを卸している会社は,いったいどこからそのジーンズを手に入れるのか,という,なんでもない素朴な疑問が,主人公を思わぬ結末へと導いていきます。この作品の巧さは,「古着のジーンズ」というメインのネタの合間に挟まれた,ストーリィの潤滑油としか思えなかった描写が,“真相”の重要な伏線になっていることでしょう。また,その“真相”を匂わせるだけで,けして明示しないラストの描き方も秀逸です。
 「動物・・・」では,“ぼく”が勤める動物収容所で,切り裂かれた子羊の死体が発見されます。その犯人をつかまえた“ぼく”とウィルは,そいつをこらしめようとして・・・というストーリィ。作者は,“ぼく”の視点から,上司のウィルを描き出していきます。その視点が好意的であるがゆえに,ラストのウィルの行動はショッキングであるとともに,十分な説得力を持つものとなっています。これを第三人称で描いたら,これほどの効果は得られなかったと思います。

 一方,「道端の野良犬のように」と,マット・スタガーシリーズの1編「窓から外へ」は,上に挙げたような作品とは,やや手触りの異なる作品と言えましょう。ともに抑制の効いた文体で描かれるストーリィは,ハードボイルド・タッチの作品となっており,この作者の作風の広さを感じさせます。

00/06/13読了

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