平井和正『狼男だよ』ハルキ文庫 1999年

 おれの名前は犬神明。一匹狼のルポ・ライターだ。「一匹狼」を名乗るのは伊達じゃない。月齢15日,満月が煌々と輝く夜のおれを殺せるものなどいはしない。そう,おれは,誇り高き血を受け継ぐ人狼なのだ・・・

 ジュヴナイルの江戸川乱歩作品やホームズ譚から,おそるおそる文庫本のヴァン・ダインエラリー・クイーンなどへと手を伸ばしはじめていた中学生の頃,同級生から本シリーズを紹介されました。今読み返すと,かなり「おとなしめ」といった印象を受けるものの,当時まだ純情な少年だった(笑)わたしにとっては,この作者の描くヴァイオレンス&エロスの世界は,じつに新鮮で刺激的でした。まさに「大人の世界」だったわけです。
 で,本シリーズをむさぼるように読み始めたのですが,『人狼天使(ウルフエンジェル)』あたりで,「なんか,違うなぁ」という感じになり,「犬神明は実在する!」と言いだした時点で,「あ,あっち側に行っちゃった」ということで,この作家さんからは離れてしまいました。本書の南山宏の「解説」によれば,一時期,新興宗教教祖のカリスマ的魔力にはまっていたとのこと,なるほどと納得した次第です。
 近年では,また旺盛な作家活動を再開されておられるようですが,やはり「大人の世界」への扉を開いてくれた旧シリーズに対する思い入れは変わらないもので,ハルキ文庫による復刊は嬉しいですね。でもやっぱりこのシリーズの挿し絵は生頼範義だよなぁ,と思ってしまうのは,ロートルの繰り言なんでしょうね(笑)

 さて本巻には3編の「アダルト・ウルフガイ」が収録されています。最初の「第一部 夜と月と狼」は,犬神明の「顔見世興行」といったところでしょう。オープニング,愛車のブルーバードSSSのノーズを突っ込んだ車のトランクには美女の全裸死体という,破天荒でけれん味たっぷりのシーンがいいですね。今でも鮮明に記憶に残っていました。で,初回のお相手は,殺人淫楽症というかサイコパスみたいな老夫婦。このシリーズ,犬神明の戦う相手がどんどんエスカレートしていきますが,最初のエピソードだけに,やや小粒といったところでしょうか。その老夫婦がけしかけた灰色狼と明とのカップリングがいいですね。
 つづく「第二部 狼は死なず」は,バックグラウンドこそ,中国諜報部vsCIAと,かなり大風呂敷を広げていますが,明の行動原理が「大型ゴキブリを叩きつぶす」というところが楽しいですね。そのせいか,ややユーモラスなスラプスティク的な色合いも持っています。一方で,計略的に明と寝た女スパイに対する彼の情熱的な態度を描くことで,愛すべきキャラクタとしての明をくっきりと浮かび上がらせていますね。
 そして「第三部 狼狩り」,失踪したアイドル・タレントを探してくれと依頼された明は,彼女が数少ない人狼一族であることを知り・・・という内容です。ヤクザや特殊部隊を相手に大立ち回りを繰り広げるとともに,金髪美女やら美人女優やらと,濃厚なラヴ・シーンが満載の,文字通り「アダルト」なテイスト(笑)が一番濃いエピソードです。おそらく意図的に,フィクションにおける「スーパーマン」的な属性を明に付与するとともに(多少,明自身の思いこみもありますが(笑)),そんなスーパーマンとはちょっと「ずれた」部分(たとえばラストのはったりなど)も盛り込むことで,犬神明というユニークなキャラクタを際だたせているように思います。

 ところで,本作品を,それこそ20年振りくらいに読み返してみて,改めて思ったのが,エンタテインメント作品というのは,時代に寄り添うジャンルなのだな,ということですね。とにかく比喩が古い!(笑) 「全学連」やら「中共」,しまいには「キックボクシングの沢村忠」なんて,今の若い読者には,まったく通じないでしょうね。でも今の作品も20年もすると,そんな風になってしまうのでしょう。

02/03/05読了

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