谷山浩子『お昼寝宮 お散歩宮』角川文庫 1992年

 ボーイフレンドのサカモト君から借りた,とってもつまらない本を読んでいたネムコのもとに,緑色の少年が訪ねてきたことからネムコの冒険が始まる。“お散歩宮”を飲み込んで逃げた怪人トトポを追って,ネムコは夢の中へ,そのまた夢の中へ,夢の奥底へと深く深く降りていく・・・。

 谷山浩子の歌は,一時期,かなりはまっていました。『ねこの森には帰れない』『もうひとりのアリス』『鏡の中のあなたへ』『夢半球』『時の少女』『たんぽぽサラダ』などなど・・・。コンサートにも何度か足を運びましたし,彼女がパーソナリティをつとめる「オールナイト・ニッポン」も毎週聴いていました。彼女の,叙情的で幻想的,それでいて苦い毒を含んだ歌詞に,心底まいっていました。それは,いまでは骨抜きにされてしまった童話やメルヘンが,本来持っていた“残酷さ”に通じるものがあるのかもしれません(実際,彼女の歌には,童話や民話を素材にしたものが多く見られます)。
 そんな彼女が,童話やファンタジィを書いているということは聞き知っていたのですが,今回が初見です。

 物語は,主人公のネムコが,怪人トトポを追って,自分の夢の中を彷徨うというお話で,ストーリィ的にはやや単調なきらいがありますが,ネムコが見る夢のひとつひとつのイメージが,ときに美しく,哀しく,ときに不気味で,残酷で,たいへん鮮烈に感じられました。
 たとえば「第二の夢 トトポ温泉の怪」では,不思議な温泉につかって,夢心地になったネムコが,偽サカモト君によって,手足を切断されていくという,なんとも不気味なイメージが描かれます。しかしそれは,けっしてスプラッタのようなものではなく,塩化ビニルの人形の手足を取り去っていくような雰囲気があり,そのことで,また逆に不気味さが高まっているように思います。
 また「話が通じなければ食べるしかないでしょう」と言い,柿頭(比喩ではなく,文字通り頭が柿になっている)の恋人を食べてしまう「ネムコばあさん」のエピソード(「第三の夢 圧縮密林のネムコばあさん」)や,サカモト君のそっくりさんが大勢いるパーティ会場から,ほんもののサカモト君を探すゲームに,ネムコが参加させられるエピソード(「第五の夢 そっくり人形展覧会」)などは,“恋”が抱え込んでいる“闇”の部分を,ストレートな感じではありませんが,描き出しているように思います。
 しかしその一方で,美しくまた哀しいイメージも出てきます。「第四の夢 巨大お嬢さん」では,警察に追われたネムコは,巨大な少女ウネミが着る“悲絹”のワンピースの模様の“中”に逃げ込みます。そして模様のウネミとともに“蝶ゾリ”に乗って天高く舞い上がるシーンは,この作品の中でもっとも美しいシーンではないかと思います。
 また「夢の逆流」というエピソードでは,人形にサカモト君の顔に彼の似顔絵を描くことを強要され,168回目の描き直しで,ついに人形のサカモト君は,本当のサカモト君に変身することができます。その過程で,彼女は,
「ネムコは今までずっと,サカモトくんに自分がどう思われているかとばかり考えてきたので,こんなふうにサカモトくんが考えていることを想像したのははじめてのことでした。」
ということに気づきます。それはもしかすると,「恋人のサカモトくんに恋している自分」に憧れていた彼女が,サカモトくん自身に恋をし始めた瞬間なのかもしれません。それはどこか,「巨大お嬢さん」に出てくる,
「気の弱いのと意地悪なのは,同じことじゃ」
というセリフとあい響き合うものがあるように思います。「気の弱さ」とは,ときとして過剰な自己愛の裏返しの場合もありますから・・・。

 谷山浩子の描く世界は,歌であろうと,ファンタジィであろうと,やはり同じテイストを持っているのだと,しみじみ感じました。
 ところで,「文庫版あとがき」に出てくる「友人の若手の推理作家」って,綾辻行人のことでしょうか? 綾辻作詞の「時計館の殺人」という歌が彼女のアルバム『歪んだ王国』に入っているそうですので・・・(聴いたことはないんですが)。

 さて,久しぶりに彼女のCDを買いに行きましょうか!

98/04/09読了

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