桑原三郎編(小川未明)『小川未明童話集』岩波文庫 1996年

 童話を読むのはじつに久しぶりです。「薫風閣」の中村さんからのご紹介で,読んでみました。教訓めいた話,因果めいた話,子供礼賛的な話など,しょうしょう鼻につく部分もありましたが(中村さん,せっかくご紹介いただいたのに,すみません(_○_)),そういった教訓話・因果話という言葉では括りきれない,奇妙で,不可思議,不気味な雰囲気さえ持った作品も含まれており,それなりに楽しめました。気に入った作品のみコメントします。

「眠い町」
 旅人が必ず眠ってしまうという「眠い町」を訪れたケーは,そこで老人から不思議な砂をもらって…
 経済効率至上主義に対する単純なアンチ・テーゼであるように見えながら,「眠る町」が大都市に変貌してしまっているラストには,皮肉めいた悲観のようなものが感じられました。
「金の輪」
 躰の弱い太郎は,ある日,金の輪を転がす不思議な少年に出会い…
 因果も,説明もない,唐突なラストがなんとも不気味です。金の輪を転がす少年はいったい何者だったのでしょう…
「時計のない村」
 時計のなかった村に,ふたつの時計が持ち込まれたことから…
 「時計」の登場は,「時間」が均質で「計れるもの」として見なされるようになったという意味で,「近代」の成立に大きな歴史的意義を持っていた,というようなことを以前読んだことがあります。この作品は,ふたつの時計がずれることで引き起こされる混乱を戯画っぽく描いていますが,村落が「近代」に浸食されていく一端を巧妙に描き出しているように思えます。本作品集では一番楽しめました。
「赤いろうそくと人魚」
 ろうそくを細々と商う老夫婦は,ある夜,人魚の娘を拾ったことから…
 この作品はけっこう有名なのでしょう。タイトルを聞いたことがあります。本当に怖いのは,ろうそくをめぐる因果話ではなく,金銭欲によって変わっていく老夫婦の心の方なのでしょう。
「港に着いた黒んぼ」
 踊り上手の姉と盲目の笛吹きの弟。姉が金持ちに呼ばれて戻ってみると,弟は…
 作中で語られていませんが,姉が戻るのが遅くなったのは,きっと金持ちの安楽な生活に馴染んでしまったせいではないでしょうか? それにしても不思議なタイトルです。
「おおかみをだましたおじいさん」
 夜,息子の家から帰る途中,狼に出会ったおじいさんは狼と出会い…
 ラストがなんともアイロニカルです。小池真理子の作品を読むような,そんな感触です。
「砂漠の町とサフラン酒」
 砂漠の中の赤い町。一度のその町のサフラン酒を飲んだ者は二度と故郷には帰れない…
 砂嵐が吹きすさぶ,荒涼たる砂漠の中には,きっとこんな町があるのでしょう。人の心を狂わせ,どこまでもどこまでも奈落へと誘うようなそんな町が・・・。もしかすると砂漠をわたる旅人たちの間で囁かれる一片の伝説なのかもしれません。本当にあるのかどうかわからないけれど,あっても決しておかしくない,そんな風に人に思わせるような伝説として・・・。

97/11/29読了

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