山田正紀『ナース』ハルキ・ホラー文庫 2000年

 「なにがあってもナースがいれば大丈夫ですよ」(本書より)

 T航空ジャンボ機墜落事故現場に派遣された日本赤十字社J――支部の丸山班,7人の看護婦たち。彼女たちが現場で見たものは,筋金入りの看護婦さえも恐れおののく“地獄”だった。そう,事故での死者たちが蠢き,嗤い,歌い,襲いかかってくるのだ! いま,人間と看護婦の尊厳を賭けて,彼女たちの戦いがはじまる・・・

 「やっぱり,自分を追い出した角川書店に怨みがあるのかなぁ」と思わせる(笑),カヴァが角川ホラー文庫そっくりな,ハルキ・ホラー文庫の創刊です。一気に19冊という,なんとも強気なライン・アップにびびりつつも,とにかくまずは大御所作品を手に取ってしまったわたしは,守旧派でしょうか^^;;

 さて「ホラー」で「ナース(看護婦)」と来れば,巨大病院の奥底で繰り広げられる冒涜的な実験あるいは邪教の儀式とか,はたまた看護婦がらみの「病院怪談」とかが,「定番」として,つい連想しがちでありますが,そこはやはり山田正紀,そんな手垢のついたモチーフをあっさりと捨て去り,なんと7人の看護婦さんたちを「女戦士」に仕立て上げてしまいます(それにしても,なんでこういうシチュエーションだと「7人」というのが「お約束」なんでしょうね^^;;)。
 舞台は,山中に墜落したジャンボ機の事故現場。呼び出しを受けた日本赤十字の7人の看護婦―丸山晴美・水島理絵・斎藤益美・安田美佐子・森村智代・山瀬愛子・遠藤志保―は,そこでこの世ならぬ“地獄”に遭遇します。事故で死んだ人々が,いやさ人々の肉塊が,さながらゾンビの如く蘇って,現場に集結した警察官,自衛隊員,マスコミ関係者に襲いかかります。6人の看護婦たちは,そんな地獄絵図の中,「墜落事故対策本部」を目指して救急車を走らせます。
 作者は,冒頭から読者を,原因も理由もいっさい隠したまま“地獄”の渦中へと投げ込みます。目前に,不可解で,そしてグロテスクな“地獄”が,さながらジェット・コースタの如く繰り広げられます。そして“地獄”の真相(らしきもの)はしだいしだい明らかにされていき,そこらへんはミステリ的趣向になっていますが,そのスピード感は冒頭からラストまでだれることなく保たれ,比較的短い作品だけに(文庫版約250ページ),一気に読み通せます。やはり手慣れたものです。
 しかし,なんといってもこの作品の特質は,主人公を「看護婦」に設定した点でしょう。お相手が「ゾンビ」となれば,通常の作品では,ただひたすら相手をぶちのめす,という展開になるところでありますが,看護婦だけに,その基本姿勢は「患者を助ける」ということになります。患者としてのゾンビを治療する,つまり死者を死者たらしめる,というスタンスをとります。それゆえ,ゾンビもの特有のおぞましさは漂いながらも,どこか爽快感を感じさせるユニークな仕上がりになっています。

 この作者の作品の場合,SFにしろミステリにしろ,いつもヘヴィな感触がつきまといますが,本作品では,たしかに「死」をめぐる問題など重いものを抱え込みながらも,すっきりとした痛快冒険ものになっていて,作者も楽しみながら書いたのではないかと思います。

00/09/10読了

go back to "Novel's Room"