宮部みゆき他『運命の剣 のきばしら』PHP文庫 1999年

 鎌倉時代の末,備前長船派の刀工・助平によって打ち出された無銘の名刀“のきばしら”。二尺六寸,明るく冴えた匂い出来の地肌に艶やかな大房丁字の刃文がゆるく流れ,錵(にえ),足が刃中に走り,猪首の切っ先から鋩子に野太い稜線を描く剛刀。数奇な運命に玩ばれるかのように,その刀はさまざまな人生に絡まりあう。戦国,江戸,幕末,明治,そして昭和へと・・・

 本書は,「のきばしら」という一振の日本刀をめぐる7編のエピソードを,7人の作家が描いた「リレー小説」です。ただし各編がストーリィ的につながるものではなく,それぞれに独立性の高い短編になっています。それゆえに,「リレー小説」にありがちな破綻や不自然さがなく,むしろ複数の作家による,個性豊かな連作短編集として成功しているように思います。

中村隆資「敢えて銘を刻まず」
 備前長船派の刀工・助平は,損得を抜きにして,ある若武者のために一本の刀を打とうと決心する…
 「のきばしら」誕生編であります。助平と彼の雇い主との,言い換えれば「利」と「技」との緊張感のあるせめぎ合いの果てに,そういったものを「突き抜けた」助平の心情を描き出すラストは爽快感があります。
鳴海丈「犬死将軍」
 六代将軍足利義教の苛政は多くの敵を作った。赤松満祐もまたそのひとりだった…
 戦国時代の幕開けとなった「応仁の乱」,その先駆けともなる,赤松満祐による足利将軍弑殺事件「嘉吉の変」に,「敵討ち」と「のきばしら」をうまく絡めています。前半,背景説明が少々退屈とはいえ,後半の剣戟シーンは,思わぬどんでん返しも含んだ,緊迫感あるものです。
火坂雅志「利休燈籠切り」
 茶人・千利休のもとにもたらされた「のきばしら」。それは彼に40年前の人を斬った記憶を呼び覚まさせる…
 「形の整いすぎたものは美しからず」という利休の美意識を,思い切って換骨奪胎して,淫らな雰囲気を湛えた世界を描き出しています。この作品では,「のきばしら」は利休の心の闇の中に眠る「魔」を導き出す「妖刀」といった役回りのようです。
宮部みゆき「あかね転生」
 享保八年,江戸を襲った洪水で親を亡くした娘あかね。彼女はいっさい口をきこうとしなかった…
 本書の「目玉」といったところでしょうか。人情物を得意とする作家さんだけに,「のきばしら」の料理の仕方も,他の作家さんとはずいぶん違っています。先行する作品の設定を巧みに生かして,独特のホラータッチの作品に仕上げています。
安部龍太郎「斬妖刀」
 幕末,「人切り以蔵」こと岡田以蔵の腰には,茎に「斬」と刻まれた,一本の剛刀があった…
 岡田以蔵の短い生涯は,幕末という時代がテロリズムの時代であったことを改めて気づかせます。その凄惨な生き様を,彼が「のきばしら」を買った刀屋の未亡人の秘密と重ね合わせながら描き出すところは鬼気迫るものがあります。また「軒」と「斬」とを以蔵が読み違えるところは,時代の狂乱に蝕まれ翻弄された彼の狂気を浮き彫りにしているように思います。
宮本昌孝「明治烈婦剣」
 越後生まれの少女剣士・けいは,兄の敵を討つため上京した。師より賜った「のきばしら」を手にして…
 舞台は明治ですが,まさに「痛快時代劇」といった手触りの作品です。凛としたけいのキャラクタが,作品全体にさわやかな印象を与えていますし,また鹿鳴館での彼女の冒険や,クライマックスでの敵との一騎打ちなど,けれん味たっぷりで楽しめます。草創期の日本柔道を絡めるあたりも話作りとしても秀逸ですね。
東郷隆「残欠」
 昭和20年,敗色濃厚な日本。「のきばしら」もまたその長い生涯を閉じようとしていた…
 武士の時代は江戸で終わるとはいえ,考えてみれば戦前の軍人はサーベルや刀を腰に帯びていたんですね。そういう意味で,敗戦はまさに「刀の時代」の終焉でもあったわけです。刀の宿命として血塗られた生涯を終えた「のきばしら」は,児玉少尉の手元で,ある意味,平和な余生を送ったのでしょう。数奇な運命をたどった「のきばしら」に有終の美を飾らせるエピソードですね。

98/04/06読了

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