はやみねかおる『人形は笑わない』講談社青い鳥文庫 2001年

 この感想文は作品の内容に詳しく触れているため,未読で先入観を持ちたくない方には不適切な内容になっています。ご注意ください。

 「人間はね,似たような謎に出会うと,どうしても,解き方も似てるって思ってしまうんだ」(本書より 夢水のセリフ)

 雑誌『セ・シーマ』の編集者・伊藤さんの提案で,呪われた“人形の塔”を取材することになった岩崎三姉妹と名探偵・夢水清志郎。一方,レーチの発案で自主映画を撮影することになった文芸部一行も,“人形の塔”のある鞠音村へ同行。果たして,“人形の塔”で3年前に起きた謎の事件の真相とは・・・

 山中の寒村,人間と見まごうばかりの人形が収められた塔,夜中に徘徊する人形たち,そして密室殺人・・・今回の「名探偵夢水清志郎事件ノート」横溝正史的世界に,江戸川乱歩風味付けをした作品です(「塔+人形」というと,やはり乱歩を連想します)。
 しかし,そこはそこ,おどろおどろしいシチュエーションながら,レーチたち文芸部一行が,舞台となる鞠音村で映画撮影というストーリィを挿入させることで,コメディ色が強くなっています。まぁ,このシリーズで「おどろおどろしさ」を要求するのは,八百屋さんでサンマを買い求めるようなものなのでしょう(笑)
 しかしそうでありながら,さらりと挿入された「レーチの文学的苦悩III(もしくは,悪夢)」は,いいですね。レーチの亜衣に対する淡い恋心を描きつつ,それをうまく使って,古典的でありながら,効果的な怪談に仕上げています。

 さて本作品のミステリとしてのエッセンスは,上に書いたような舞台設定だけではなく,つぎのようなふたつの点にあるのではないかと思います。

(以下,ネタばれに近いですので,未読の方はご注意ください)

   ひとつは,犯罪の「計画者」と「実行者」の乖離,意志不通による事件の複雑化というパターンです。「古典ミステリ・ベスト10」といった企画では,必ずと言っていいほど,上位にランキングされる某有名作品に代表されますように,このパターンは,事件の不可解さ,連続性・統一性のなさを生み出すのに,きわめて常套的な手法と言えましょう。この作品でも,それを上手に用いて,「時期はずれの脅迫状」という,ユーモアを漂わせながらも,魅力的な謎を提出しています。
 そしてもうひとつは,「名探偵の介入による事件の複雑化」です。探偵役が,事件から離れて客体的に存在し得るかどうか,という「法水綸太郎の文学的苦悩」(笑)はともかく,探偵が事件に介入することにより,犯人側がその対応を迫られることで,事件が複雑化していくストーリィもまた,ミステリではしばしば見受けられます。いわば,探偵も「事件」の不可解さに一役買うわけです。そのために,教授の奇行を描いたスラプスティク風の描写の中に,巧みに伏線を織り交ぜているところは,この作者の得意分野だと言えましょう。
 物語の随所に散りばめられた,ミステリ・ファンの心をくすぐる「小ネタ」も楽しめますが,その核心部分での,作者の「ミステリに対する愛着」が心地よく伝わってくる作品です。

 それにしても亜衣のセリフ−「蚊帳なんてアニメ映画でしか見たことない」というのは,ジェネレーション・ギャップを感じちゃいます(笑) その「アニメ映画」って,『となりのトトロ』かな?

01/09/24読了

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