青井夏海『スタジアム 虹の事件簿』創元推理文庫 2001年

 「応援すれば優勝だって夢じゃない」(本書「騒々しい虹」より)

 パラダイス・リーグの万年最下位球団・東海レインボーズ。新オーナーは,野球の「や」の字も知らない元オーナーの未亡人。そんな彼女が球場に足を運ぶたび,不可解な事件に巻き込まれ・・・

 「知識」というものは,「理解」を深めるための道具であることは間違いありません。より多くの知識は,より深い理解を可能にしてくれるでしょう。しかし,ときに知識は,理解を妨げる足かせになってしまう場合がないわけではありません。知識によって形作られた「視野の枠組み」が,異なる視点からの「見え方」を排除してしまうからです。ですから,まったく異なる視点から描き出された,見慣れたものの「見知らぬ姿」に新鮮な驚きを感じるときもあるのです。

 さて本編の主人公,虹森多佳子は,プロ野球チームのオーナーでありながら,野球のイロハも知らない女性です。そのため,足繁く球場に通うのですが,いつも彼女のそばには,野球のルールやセオリーを教える立場の人がくっついています。
 しかし彼女は彼女なりに「野球」を理解しています。それは,ルールやセオリーを熟知していて,「野球とはこういうもんだ」という「視野の枠組み」を持った見方からすると,少しばかり「ずれて」いるのですが,けっして「あてはずれ」ではなく,むしろ「なるほど」と思わせる新鮮さを持っています。それが各編で描かれるさまざまな事件の推理にシンクロしているところは,この作者の,野球とミステリに対する深い愛着がよく表れているように思います。
 それがもっとも効果的に描かれているのが,冒頭の「第一話 幻の虹」でしょう。閑古鳥の鳴く東海レインボーズの本拠地で,試合の途中,突然,バッグから札束をばらまきはじめる男,という謎が提示されます。「なぜ,ばらまくのか?」という謎は,ミステリ作品ではしばしば見られるパターンのものではありますが,それをもうひとひねりしているところに,この作品の妙味がありましょう。またそれを,野球は「球をなるべく遠くへ飛ばしておいて,その隙に人間が走って点を奪うゲーム」という,多佳子流の「野球」理解と上手に重ね合わせて,謎解きの意外性を強調しています。伏線の配し方,回収の仕方も手際よいです。
 そのほかのエピソードも基本的には,これと同じフォーマットでストーリィは展開していきますが,この作者のもうひとつ巧いところは,フォーマットを踏襲しながらも,1編1編にユニークな舞台設定を施していることです。とくに「第二話 見えない虹」のファン・クラブをきっかけとしたペンパル同士の観戦と,「第四話 騒々しい虹」のレインボーズ・ファンの少年の奇妙なアルバイトの話はいいですね(なぜ少年が見知らぬ女性からのアルバイトを引き受けたか,という設定への話の運び方は秀逸)。
 それと万年最下位球団が優勝するかも知れない,という,かつてのス○ロ○ズファンやホ○ク○ファン,そして今のタ○ガ○スファン(笑)の心理をくすぐるような展開も心憎いものがあります。親会社の無理解や「身売り」のエピソードは,これらのチームのファンにとってはやたらリアリティがありますから^^;; そして最終話「第五話 ダイヤモンドにかかる虹」での,そんなプロ野球ファンの「夢」と,ふたりの男性の間で心の揺れる女性の「決意」をオーヴァラップさせているラスト・シーンも,鮮やかで心温まる幕引きとなっています。

 ところで,読んでいるときは,おもしろかったものの,「例によって創元社お得意のアームチェア型連作短編集かぁ」などと思っていましたが,作者の「文庫版『スタジアム 虹の事件簿』ができるまで」を読んだら,もともとは自費出版で出されたとのこと。こんな風にして,良質のミステリがメジャー化されるのはいいことですね。

01/04/25読了

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