清水義範『日本ジジババ列伝』中公文庫 1997年

 人は生きている間,いろいろいな「レッテル」を貼られます。「子供」であったり,「中年」であったり,「サラリーマン」であったり,「妻」であったり…。そんな中で「老人」(「おばあちゃん」「おじいちゃん」)というレッテルは,一番,強力なレッテルのように思います。とくにそれは「弱い」とか「醜い」(「老醜」!)とかいったマイナス・イメージの強いレッテルです。でもサラリーマンに陰気なのもいれば,陽気なのもいて,中年に頑強なのもいれば,弱々しいのもいるのと同じように,老人にもとうぜんいろいろなタイプがいるわけです。そんな「老人,老人って,ひとくくりしてもらっては困る!」と言っているような作品12編をおさめた短編集です。いずれもおもしろく読めましたが,とくに気に入った作品についてコメントします。

「片思い」
 定子は,孫の光治が好きで好きでたまらない。今日も今日とて理由をつけて顔を出し…
 祖母が孫に寄せる愛情,それは受けた当人にとっては,ときとして気恥ずかしくなるほどのものがあります(経験者談(笑))。それを「片思い」という恋愛用語(?)で評したところに,この作品の秀逸さがあると思います。
「おしどり」
 久米菊郎と操の夫婦。はたからは「おしどり夫婦」と呼ばれているのだが…
 。この作品集はけっして「老人賛歌」みたいなものではなく,一方でかなりシビアな,辛辣とさえ思える老人観がにじみ出た作品が含まれています。この作品もそのひとつ。ラストの金魚鉢の中のらんちゅう2匹の姿が,なんとも意味深です。。
「八十年間世界一周」
 添乗員・久保真理の不安,それは79歳の老婆がひとりでインド・ツァーに参加することだった…
 こういった老人になりたいものです。けっして気負わず,かといって臆病になることもなく,淡々と,じつにいさぎよいおばあさん。「世界がちゃんとあるのがうれしいがね。そんで,自分がその世界の中に住んどるわけでしょう。」というセリフには,一種の哲学さえ感じました。この作品集で一番のお気に入りです。
「ホラ吹き爺さん」
 誰もが居心地の良さを感じる洋食屋“マリオ”。毎夕やってくる岩井徳蔵の話はいつも大袈裟で…
 「悪意のない世界」とでもいいましょうか。ホラ吹き爺さんと心優しいマスターとの会話が,しみじみとしたものを感じさせます。
「夕焼け子焼けで」
 67歳の長戸潔。自分はまだまだ老人ではないと思っていたが…
 若さがピークを越えると,あとは,ひたすら「老いる」ということになるわけですが,人はそれを「老い」とは呼ばず,「成長」「成熟」と呼びます。その同じであるはずの過程が,ある日「老い」に転化するときのショック。「歳をとる」ということと「老い」というのは,別のものなのだ,ということに知りました。
「ひとり」
 安藤ぬいは,今日もひとり,古アパートで目覚め…
 ここでも「おばあさん=弱い」という一般的なイメージが壊されています。このぬい婆さんのしたたかで,たくましいこと。その一方で26万4千円のお金を数えながら,夢にひたる彼女の姿は,哀愁があります。でもそんな哀愁は,周りの人間の勝手な思いこみなのかもしれません。

 ところで,内容とまったく関係ないのですが,中公文庫には,なぜ「しおり」がないのでしょう?

97/12/25読了

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