ハロルド・Q・マスア編『眠れぬ夜の愉しみ』ハヤカワ文庫 1985年

 15編を収録したアメリカン・ミステリのアンソロジィです。ハヤカワ文庫版でのシリーズ・タイトルは「アメリカ探偵作家クラブ(MWA)傑作選」。その第3集です。
 気に入った作品についてコメントします。

ロバート・ブロック「ジョンとメアリー」
 醜く太った妻への殺意は,愛人ができたとき,実行へと移された…
 愛人と結婚するために,妻を殺そうとする夫…もうこれ以上ないと言うくらい陳腐な設定ですし,また結末も「予想範囲内」なのですが,それでも,このベテラン作家の,殺人を描きながらもユーモアさえも漂うテンポのよい文体が,わたしは好きです。
スタンリィ・エリン「運命の日」
 射殺されたギャングのボスは,35年前に別れた“私”の親友だった…
 新聞に載った親友の無惨な死と,叙情的に回想される少年の夏。両者がどのように結びつくのか,という興味がストーリィを引っ張っていきます。そして,その夏の一日−親友にとっての「運命の日」を,少年の「父親像の180度の転換」と重ね合わせることで,巧みに描き出しています。原文はわかりませんが,少年の父親に対する呼び方が,「父さん」から「親父」に変わるところがいいですね。
ロバート・L・フィッシュ「複式簿記」
 それはいつも通りの“仕事”だった。相手が女であることをのぞいては…
 仕事としての殺人と激情の末の殺人とのコントラストを鮮やかに,そしてアイロニカルに描いています。しかしそれでいて,死ぬ側にとっては,同じ「死」であることには変わりはないのでしょう。そう言う意味でも皮肉です。また彼女が直面せざるを得ないであろう「その後」に思いをはせると,やるせないですね。
アレン・キム・ラング「ウォッチバードが見ている」
 ジャンキー女を部屋から突き落として殺したヤクの売人。それを目撃されたことから…
 目撃された殺人,それに対する暗黒街の冷酷な対応をサスペンスたっぷりに描き出しています。その上でラストのツイスト−ふたつの異なる“欲望”を上手に重ね合わせることでのツイストは見事ですね。そのうちの片方の“欲望”を導き出す伏線も自然でスムーズに盛り込んでいます。
ロス・マクドナルド「逃げる女」
 泊まったモーテルで,殺人事件に巻き込まれたアーチャーは,モーテルの主人から人捜しを依頼される…
 初出は1948年,「若きアーチャー」を読むのは,じつにひさしぶりです。太々しいセリフ,ギャングがらみの暴力沙汰と,まだまだ元気です(笑) しかし事件のそもそものきっかけを,家族関係のもつれに求めているところは,後年,この作者が好んで取り上げたモチーフに響き合うものがありますね。法律的な意味での「罪」と,道徳的な意味での「罪」とは必ずしも一致しないと結末は,ハードボイルド小説らしいビターさがあります。
ウィリアム・P・マッギヴァーン「ウィリーじいさん」
 ギャングに弄ばれた少女の仇を討つため,ウィリーじいさんは…
 痛快で,かっこいい物語。そしてそれを一気に「伝説」へと昇華させるラストのセリフは,憎たらしいまでに見事です。このセリフの原文を確認したいですね。きっと,あの言葉は…(以下ネタばれ>そのセリフ「おれはガキのとき,ビリーと呼ばれていたもんだ」の「ガキ」というのは,原文では「Kid」ではないかなと思います。つまり「ウィリーじいさん」の正体は「ビリー・ザ・キッド」というわけです
)。本集中,一番楽しめました。
ウィリアム・F・ノーラン「黒い殺意」
 女はみんな同じだ。卑しくて,下品で,腐っている…だから彼は…
 シリアル・キラーを主人公とした,一種のサイコものと言えましょう(これが1959年の作品なんだから,アメリカってところは…^^;;)。ギリギリとした緊迫感にあふれるストーリィとともに,読者を「ほっ」とさせておいて,ふたたび「ぞくり」とさせるラストの処理が巧いですね。
ドナルド・A・ウォルハイム「地獄へ堕ちろ」
 妻子を虐待する夫は,保身のために悪魔と契約するが…
 本集中,スーパーナチュラルな存在が登場するという点で,ちょっと異色な作品です。このタイプの作品は,「悪魔を騙す」か「悪魔に騙されるか」という2ヴァージョンに分かれ,どちらでも「予想範囲内」ではありますが,主人公を思いっきり憎々しいキャラに設定することで,結末は苦みがありながらも,ある種の爽快感がありますね。

02/09/25読了

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