都筑道夫『猫の舌に釘をうて/三重露出』講談社大衆文学館 1997年

 トリッキーで奇抜な設定のミステリとして有名な2作品の復刊(復刻?)です。ともに再読なのですが,読んだのははるか昔,内容はきれいさっぱり忘れていましたので,初読と同じです(覚えていたら買いませんね)。

「猫の舌に釘をうて」
 「私はこの事件の犯人であり,探偵であり,そしてどうやら被害者になりそうだ。」元恋人の夫のかわりに行きつけの喫茶店の常連客に,毒薬のかわりに風邪薬を飲ませて,失恋の痛手を癒そうとした“私”。ところがその男は意外にも死んでしまう。元恋人の元からくすねてきた風邪薬は毒薬だった! 誰かが元恋人を殺そうとしている。“私”は,“真犯人”を探そうとするのだが…

 都筑道夫の『猫の舌に釘をうて』というミステリの束見本(中身が真っ白の表紙だけの見本)に,“私”が日記風に事件を書き綴る,という体裁の作品です。“私”がコーヒーに入れたのは,単なる風邪薬だったのか,それともやはり毒薬だったのか? “犯人”の狙いは元恋人なのか,死んだ喫茶店の常連客だったのか? 錯綜する謎が,いささかペダントリックな文章で描かれ,また元恋人と“私”の過去が,その合間合間にはさまれています。「これは恋愛小説でもある」みたいなことが書いてあるので,なんの気なしに読み進めていましたが,それが結末で効いてきます。そして冒頭の「私は・・・」の一文もまた最後でくるりと反転し,「あ,なるほど」と着地します。エンディングは,「あれ,へんだな?」と思っていたところ,もうひとつの“結末”が用意されていて,束見本に書き綴るという設定が,その意味を最大限に発揮します。さらに途中に不可解な「読者への挑戦状」が挿入されるなど,とにかく,いろいろな「遊び」や「騙し」がふんだんに詰め込まれた作品です。ちょっと饒舌体の文章が肌に合わないところもありますが,けっこう楽しめました。また,「犯人=探偵=被害者」というアクロバティックな一人三役を,どれだけ無理なく描くか,という苦労がしのばれる作品です。

「三重露出」
 “ニンジュツ”の修行に来日したサム・ライアンは,不良娘に襲われた男を救ったことからスパイ事件に巻き込まれる。相手は不可思議な技を繰り出す女忍者軍団!・・・という小説『三重露出』の翻訳を依頼された滝口は,作中に,2年前,謎の死を遂げた女友達の名前を見いだす。『三重露出』の作者はなぜ彼女の名前を知っているのか? 偶然か,作為か? 滝口は当時の事件関係者の調査を始める…

 この小説は,ふたつのストーリーが交互に入れ替わりながら,進んでいきます。ひとつは翻訳小説『三重露出』,もうひとつは滝口の女友達の謎の死をめぐる事件。『三重露出』の方は007シリーズ+山田風太郎風忍者活劇という感じで,ストーリーそのものは単純なのですが,奇想天外,荒唐無稽,とにかく奇妙奇天烈な忍術が次から次へと出てくるアクションものです。外国人が日本を舞台にして書いた作品にみられる奇妙な違和感をうまく表現していて,パロディとしては楽しめました。しかし,同じ作者の『なめくじに聞いてみろ』もそうだったのですが,その毒々しいノリには,どこか馴染めないところがあります(山田風太郎に対する違和感と通じるものがあるのかもしれません)。一方,「滝口事件」の方は,どこか「私小説」風な感じで,静かな淡々とした展開を見せます。だからふたつのストーリーの対照性,ミスマッチが,一種独特の雰囲気を醸し出しているところは,おもしろいといえばおもしろいですね。ただどちらに力点をおいて読んでいいのか,なんとも混乱させられます(もしかするとそこらへんが作者の狙いかもしれませんが)。おまけに「滝口事件」の雰囲気が,『猫の舌・・』とそっくりですので,続けて読むとますます混乱してしまいました(笑)。

 で,結末は,というと,正直なところ,わたしにはよくわかりませんでした(笑)。『三重露出』と「滝口事件」が,最後でどう関係してくるのか,この作者だからアクロバティックな結末が用意されているだろう,という期待感があったせいかもしれませんが,結局“真相”は「藪の中」,ふたつのストーリーの関係も中途半端という感じです。肩すかしを喰らったような印象が拭えません。まあ,「巻末エッセイ」を書いている中野康太郎の「推理」のような「深読み」をすることも可能なのでしょうが・・・。結局,作者の狙いはなんだったのかなあ,という疑問が残ってしまい,少々消化不良です。

 ところで「滝口事件」の中で出てくる「エレベータからの人間消失事件」のトリックは,初出1964年という時代性を感じさせますね。今だと,ちょっとリアリティがないような・・・。

 結局「猫の舌・・・」が(^o^),「三重露出」が(-o-)といったところでしょうか。

97/08/03読了

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