ジョン・ソール『ナサニエル』創元推理文庫 1986年

 「プレイリー・ベンドの一員になってしまったら,もう二度とここからはなれることはできませんよ」(本書より)

 夫マークの突然の事故死により,亡夫の実家がある村プレイリー・ベンドに住むことになったジャネットとマイケルの母子。ジャネットはそこで,夫の隠されたさまざまな秘密を知ることになる。一方,マイケルの目の前に,プレイリー・ベンドで語り継がれる幽霊話の主人公“ナサニエル”が現れ・・・

 明らかに偏見以外の何ものでもないことはわかっていながら,わたしのおつむのどこかには,「アメリカ=都会,日本=田舎」という図式がインプリンティングされているようです(きっと子どもの頃,テレビで放映されていたアメリカ製ドラマの影響なのでしょう)。しかし言うまでもなくアメリカにも田舎はあります。そして,過酷な大自然を抱えるアメリカの田舎では,そこに生きる人々の「掟」は日本以上に厳しいものがあるやに思います。本作品は,そんなアメリカの田舎を舞台にしたホラー作品です。

 物語は,ジャネットマイケルの親子が,プレイリー・ベンドの義理の両親エイモスアンナの元で暮らしはじめるところから始まります。作者は,プレイリー・ベンドの「田舎性」をさまざまな方面から描き出していきます。たとえばジャネットに対するエイモスや周囲の人々の好意や手助けであり,ジャネットはそれらを受けることで,プレイリー・ベンドでの居住を決心します。幼い頃,火災で家族を失ったジャネットが,このような互助精神に触れることよって,彼女が無くしていた「帰属することの心地よさ」を感じていくというところは,心憎い設定ですね。
 一方,マイケルにとってのプレイリー・ベンドは,けっして居心地の良いところではありません。頑迷な祖父エイモスは,子どもに逆らうことを許さず,暴力でもって服従させようとします。都会的な両親に育てられた彼にとって,苦痛以外の何ものでもありません。この「抑圧される子ども」というサイコ・サスペンス的なモチーフが,この作品の主調低音として鳴り響いています。
 さらに噂があっという間に広がること,あるいはまたプレイリー・ベンドで知り合った人々が漏らす愚痴−「逃げ出したかったのに逃げ出せなかった!」−,家族より先に友人たちを家に招いたことに憤る義理の母,などなどを織り込むことで,閉鎖的で保守的なプレイリー・ベンドという「舞台」の雰囲気を効果的に醸し出しています。そしてそれが,作品全体に,重苦しい,息詰まるような閉塞感を作り出すことに成功しています。

 このような環境の中で,マイケルの前にナサニエルが現れます。そして“彼”によって,村でひそかに続けられる「嬰児殺し」を幻視させられます。なぜ祖父たちは,生まれたばかりの子どもたちを殺し続けるのか? それは父マークが村から逃げ出したこととどのように関係するのか? さらに父親の死は本当に事故だったのか? そしてナサニエルとはいったい何者なのか? その意図は? といった謎が相互に絡まり合いながら,ストーリィは展開していきます。
 こんな風に書くとスピーディなサスペンスみたいですが,むしろ上に書いたような閉鎖的な村の雰囲気を描写しながら,先を急ぐことなく,じんわりと描き出しています。そのうえ,マイケルの祖父に対する恐怖心,おぞましい幻視と悪夢,ナサニエルとの出会いが生じさせた怪異も重ね合わせることで,ますます粘液質なじっとりとしたトーンで覆われています。このあたりは,この作者のお得意中のお得意パターンでしょう。
 しかしそれでいて,展開がフラットかというと,そんなことはありません。たとえばジャネットが,屋根裏部屋で見つけた「古い日記」が語る幽霊話の真相,あるいはまたマイケルになつく犬シャドウが,謎の一端を握る医師チャールズ・ポッターを死に追いつめる緊迫感,そしてラスト直前で明らかにされるナサニエルの意外な正体,と,要所要所にスリルとツイストを巧みに挿入することで,ストーリィにメリハリをつけ,飽きさせません。

 上手な雰囲気作り,それにマッチしたキャラクタ造形,さらに巧みなストーリィ・テリングなど,この作者の代表的な作品と言っていいでしょう。

01/11/29読了

go back to "Novel's Room"