都筑道夫『南部殺し歌』光文社文庫 1997年

 “私”滝沢紅子は,友人の春江とともに盛岡を訪れる。観光もするが,もうひとつ目的が・・・。刑事である父親からの,10年前殺人を犯し,出所した女の様子を探ってほしい,という依頼。自白しているにも関わらず,彼女が真犯人ではないかもしれないという。ところが彼女たちが訪れた直後,殺人事件が発生! 現場は菓子屋の倉の中で密室状況。犯人は座敷わらし?

 どうやらシリーズもののようです。この作品に先行して『前後不覚殺人事件』というのがあるようですが,未読です。設定はつながっていますが,(京極と違って)ネタ的にはつながっていないので,ネタばれはありません。物語の冒頭,主人公の“私”は,なぜ岩手にいるのか,という説明で「流行のトラヴェル・ミステリイに,遅蒔きながらあやかろう,という魂胆ではない」と言っておりますが,あきらかに「トラヴェル・ミステリ」ですね,この作品は(笑)。高橋克彦に案内されたらしいですが,遠野やら盛岡やらの情景描写がやたらと多い。また“私”の友人・春江が,国文学者の卵ということで,三島由紀夫の『遠野物語』評がどうの,落語家が書いた俳句がどうの,と,なにやらいろいろと蘊蓄をかたむける。まあ,もともとこの作者,ペダントリックな文章を書く作家ではありますが,この作品はそこらへんが,とくに目立ちますな。思わず「水増し描写!」とつっこんでしまいたくなるほどに(笑)

 ミステリとしてはどうかというと,密室の謎解きは,ネタばれになるので詳しくは書けませんが,いかにもこの作者らしい,小技の効いた種明かしです。ただ,「小技が効いた」と言えば聞こえはいいかもしれませんが,長編ミステリのメインの謎としては,ちょっと小粒すぎるのではないでしょうか。むしろ,『なめくじ長屋』か『キリオン・スレイ』あたりで使った方がいいような,短編向きのネタのように思えます。だから,トラヴェル・ミステリ風の情景描写や蘊蓄が,よけい「水増し描写」的な印象を強めているように思えます。それと動機がどうもとってつけたような感じがしますし,個人的に,こういった動機って,偏見じみていて好きになれないんですよね。都筑作品は好きでよく読みますが,この作品はあんまり楽しめた作品とは言えそうにありませんね,正直なところ。“私”の推理がすっきり明快であったことから,かろうじて(-o-)といったところです。

 1ヶ所おもしろかった蘊蓄が,「ご飯を食べる」というのは,明治以降に出てきた卑俗な言い方で,それ以前は「めしを食う」という表現の方が上品だったという話。それが「ご飯を食べる」派に押されて,しだいに「飯を食う」派が下落したという話です。

97/09/22読了

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