藤沢周平『長門守の陰謀』文春文庫 1983年

 「他人の不幸を確かめないではいられないのは,おまつ自身が,あまりしあわせではないからだろう」(本書「遠い少女」より)

 この作者の,比較的初期の短編5編を収録しています。

「夢ぞ見し」
 夫の知り合いという若侍を,居候として迎えた昌江は…
 「一見ぼんくらだが,じつはすごい剣客」というネタと,「市井に隠れ住む貴人」というネタ。ともに時代劇ではオーソドクス中のオーソドクスなものですが,それを,昌江という女性の,いわば「狭い」視点を設定することで,日常的な雰囲気とスリルとの両方を巧みに盛り上げているところが,本編のユニークさでしょう。
「春の雪」
 材木問屋につとめるみさ,作次郎,茂太の3人は幼なじみで…
 根が朴念仁なもので,色恋ものは苦手なのですが,茂太みさに対する慕情を,ストーリィ展開に中に上手にはめ込んで描き出すところは,さすがに筆達者ですね。
「夕べの光」
 死んだ亭主の連れ子を育てるおりんの元に,さまざまな男が…
 本編のポイントは,おりん幸助を義理の親子に設定している点でしょう。それゆえに,おりんの最後の「決断」は,母性という「自然」に回収されることなく,彼女自身の独立した「意志」として,より健気さと温かみを増す効果となっています。
「遠い少女」
 鶴蔵は,ふとしたことから幼なじみの少女の行く末を知り…
 物語の骨格は,さほど新鮮さはないものの,鶴蔵音次という,ふたつの視点による描き方のコントラストを際だたせ,ストーリィに緊張感を持たせているところは,この作者らしいところでしょう。「かつて愛せしあの人は,もはやかつての人ならず」という詩句を思い出す,ビターなテイストの作品です。
「長門守の陰謀」
 庄内藩主・酒井忠勝の弟・忠重は,お家乗っ取りの陰謀を巡らせるが…
 史実を元にした,本集唯一の歴史小説です。前半では忠重の悪行と,それに対する抵抗が描かれ,後半では忠重の無惨な晩年が描かれます。否応もない時代の変転の中で,自分を変えられないこと,居場所のないことを自覚するか,自覚しないかは,本人にとっても重要ですし,その人物が権力を持つ場合には,また周囲にとっても大きな意味を持つのでしょう。後半で描かれる忠重の,時代と自分自身に対する「無自覚さ」こそが,この事件の核心にあったのではないかと思います。

03/07/19読了

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