はやみねかおる『『ミステリーの館』へ,ようこそ』講談社青い鳥文庫 2002年

 この感想文は,本書の「袋とじ部」の中身についても触れています。ネタばれはしていないつもりですが,未読で先入観を持ちたくない方はご注意下さい

 「人間はいつだって,自分にあう世界をもとめて欲求不満になっている。そやけど,そんな世界なんて,ほんまにこの世にあるんですか?……それこそ幻想やと思います」(本書 伊藤真理のセリフ)

 テーマパーク“ミステリーの館”へ行った夢水と岩崎三姉妹一行。そこで彼らは「本当のミステリーの館」への鍵を手に入れる。山中に建つ“ミステリーの館”で彼らを待っていたのは,天才マジシャン・グレート天野と,“幻夢王”を名乗る謎の人物との間に繰り広げられるゲームだった。密室から天野夫人が姿を消し,館は炎に包まれる。果たして夢水はイリュージョンを見破れるのか…

 名探偵夢水清志郎シリーズの第10作は「袋とじ本」です。講談社ノベルスから「密室本」と称する「袋とじ本」が多数出ていますが(<じつは1冊も読んでいない^^;;),わたしにとって「袋とじ本」というと,作者が「あとがき」でも触れているB・S・バリンジャー『歯と爪』ですね。こういった「遊び心」こそ,ミステリの本領ということで,ワクワクしながら読んだ記憶があります(そのくせ内容はすっかり忘れているんですが(^^ゞ)。で,島田荘司『占星術殺人事件』も,最初は「袋とじ本」だったんですね。知らなかった。わたしが読んだ講談社文庫版は,たしか違っていたと思います。
 それにしても,ジュヴナイル・ミステリで,こういったミステリの「遊び心」に触れられるのって,「小さなお友達」にとっては,やはり幸せですよね。

 まずは「袋とじ」に入る前のエピソード,岩崎亜衣 が書いている「六月は雨の〆〆密室」というのは,霧舎巧『四月は霧の00密室』のパロディで,そこらへんは軽いジャブ。で,テーマパーク“ミステリーの館”に出てくるさまざまなネタは,ミステリ・ファンにとっては,相変わらず,じつに楽しいものです。とくに笑ってしまったのが,「りっぱな背広を着た色白の背の高い探偵さん」。いくら創元推理文庫で手に入りやすくなっているとはいえ,マニアックです(その「探偵さん」の受け答えがいいですね)。それから例によってのレトロ・ネタ。「フォークの名前は『チョージ』」だの,「ポチアマゾン」だの,明らかに「大きなお友だち」向けのネタでしょう(笑)

 中盤からは「袋とじ」の部分です。山中にたたずむ「ミステリーの館」。仮面をかぶった招待主グレート天野『犬神家の一族』ですね),中庭に造られた巨大迷路(映画版『シャイニング』),そして土砂崩れで孤立した「雪の山荘テーマ」と,ミステリ的ガジェットが,引き続いててんこ盛りです。
 さらに密室状態から天野夫人が姿を消すという本編のメイン・トリック。これがまた,思わず「懐かしい!」と叫んでしまったものです。そう,(多少ネタばれ気味ですが),子どもの頃に江戸川乱歩「少年探偵団シリーズ」を愛読していた者にとっては,定番中の定番,怪人二十面相が何度となく使ったトリックです。
 しかしここで,うれしいところは,そんなメイン・トリックに,もうひとつ,小技風のトリックを絡み合わせ,それをこの作品のもうひとつのメイン・トリックへとつなげている点でしょう。このあたりの心配りの良さが,ジュヴナイルとはいえ,この作者が「ミステリ作家」であることの本領であると思います。

 そしてラスト,夢水が直面したもの…夢水があこがれる「赤い夢」,しかしそれを「見る」ためには,名探偵とともに,もうひとり,欠くことのできない「ある人物」を必要とします。それを是とするか,否とするか。いわば夢水版「法水綸太郎的苦悩」とでも言えましょうか。岩崎三姉妹が,夢水のことを冗談で「社会的不適応者」と言いますが,それを自問する場合,より深刻な問題なのでしょう。ややビターなエンディングとなっています(ま,もっとも,物語そのもののエンディングは,ほのぼのしてますが)。

 ところで今回初登場の井上快人&川村春奈のコンビ。もしかして別のシリーズの伏線?

03/02/11読了

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