オットー・ペンズラー編『愛の殺人』ハヤカワ文庫 1997年

「愛と憎しみとは,あまりに近い関係にあるので,時と場合によっては区別さえつかなかったりする」(本書「まえがき」より)

 「愛」も「憎しみ」も,他者に対する(過剰な?)思い入れという点では,上に書いたように近しい関係にあるのでしょう。そんな愛と憎しみをめぐるミステリ短編16編を集めたアンソロジィです。
 気に入った作品についてコメントします。

ジェイムズ・クラムリー「ホット・スプリングス」
 人妻と大金を奪って,温泉地に逃げ込んだ男。が,彼らには追っ手がかかり…
 少々大仰な文体が鼻について読みにくいのですが,出産と殺し合いが好対照をなす,後半の血みどろの闘いの場面は,おぞましいまでの不気味さがあります。
フェイ・ケラーマン「ストーカー」
 別れた夫のストーカー行為に怯える女。ある夜,車が故障してひとり街を歩く彼女の背後に足音が…
 アイロニカルなラストが楽しめます。ある人物にとってのストーカーは,他の人にとっては「善良な市民」であることも多いのでしょうね。「見るからにストーカー」というような人間というのはいないのかもしれません。
ジョナサン・ケラーマン「愛あればこそ」
 うらぶれたレストランで食事をとるカレンと愛娘ゾーイ。レストランの片隅には目つきの悪い男たちがおり…
 ネタばれになるので書けませんが,これもラストが楽しめます。ただオチの後がちょっとだらだらしてしまっているところが残念です。フェイ・ケラーマンとは夫婦だそうです。
ボビー・アン・メイソン「ナンシー・ドルーの回想」
 往年の少女探偵ナンシーは,自分の父親の死をめぐる謎を探ろうとするのだが…
 原題には「A Parody」という副題(?)がついています。かつての少女探偵のその後,といった感じの作品です。なんだかアイロニカルなもの悲しい物語です。
エド・マクベイン「レッグズから逃れて」
 暗黒街のボスを殴り倒してしまった“ぼく”とドミニクは街を飛び出したが…
 ダンス・ホールでの争い,夜行列車の中で交わす愛,ぼくとドミニクの反撃,そして皮肉な結末,と,スピード感と緊張感のある展開です。やはりうまいですね,ベテランは。本作品集では一番楽しめました。
サラ・パレッキー「傷心の家」
 ベストセラー作家ロクサーヌは,みずからが不幸になればなるほど,傑作を書くことができ…
 この作者の「ウォーショースキー・シリーズ」以外の作品を読むのははじめてです。途中にロクサーヌが書く“ハーレクイン”風の装飾過多の文章がはさまり,地の乾いた文体との間にギャップがあって不思議なテイストをもった作品になっています。
アン・ベリー「ゆすり屋」
 高名な数学者ヘンリーの元にひとりの若者が訪ねてくる。彼は無実の罪で強請られているという…
 高価な細密画の紛失をめぐる本作品は,このアンソロジィでは,もっともミステリ色の濃いといえるでしょう。19世紀を舞台にしているせいもあってか,登場人物のキャラクタや語り口調が,往年の本格ミステリに通じる独特の雰囲気があります。それをトリックとして巧く利用しているようなところもあります。

98/05/14読了

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