都筑道夫『目撃者は月』光文社文庫 1998年

 なんとも油断ならない(笑)短編ばかり11編をおさめた作品集です。
 ミステリ的な展開の末にラストで一転ホラー的エンディング,あるいは逆に,ホラーあるいは幻想的なイントロが最後に「理」に落ちる,はたまた夢と現実が溶け合い,狂気と正気とがくるりと入れ替わります。最初のうちは少々戸惑いましたが,読み進めていくうちに,独特の味わいが出てきます。「慣れるとおいしい納豆ご飯」といったところでしょうか(笑)。
 気に入った作品にコメントします。

「偽家族」
 “私”が引き取った亡友のひとり息子・長岡が,奇妙な発言をするようになり…
 狂っているのは長岡なのか? それとも“私”なのか? 混迷と錯綜の果てのラストが,この作者らしいひねった作品です。
「殺し殺され」
 夢の中で何度も殺した男が目の前に現れ…
 「夢の中で,殺し殺される関係にあるふたり」という,なんとも現実離れした幻想的な展開が,こういったエンディングを迎えるとは! この作者お得意のアクロバティックなラストにうなってしまいました。
「模擬事件」
 実家に帰っているはずの妻が行方不明になっている,と刑事が訪ねてきて…
 オチそのものはありふれたものではありますが,主人公の夢とも願望とも狂気ともつかぬ描写が,不思議な手触りを生み出している作品です。
「赤い鴉」
 望遠鏡で見えた一室には,赤い鴉の絵がかかっており…
 これまた夢とも現実とも願望ともつかない雰囲気が横溢する作品です。ご丁寧に翻訳者である主人公が翻訳するサスペンス小説までが加わり,場を盛り上げています。「赤い鴉」は,ポーの「大鴉」へのオマージュでしょうか?
「幽霊でしょうか?」
 幽霊が出るという噂のある家に住むことになった“私”の前に…
 幽霊の存在を前提としていながら,本格ミステリのテイストを持った作品です。「よろしいでしょうか,よろしいでしょうか」と言って出てくる“幽霊”がユーモア感があって楽しいです。
「置手紙」
 旧友から来た一通の手紙,しかし彼はすでに1ヶ月前に死んでいた…
 ミステリなのか,ホラーなのか,どちらともつかぬ分水嶺を渡りきった果てに迎えたエンディングには,どちらともつかぬ不可思議な余韻と不気味さが漂っています。本集中,一番楽しめた作品です。

98/09/29読了

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