逢坂剛『燃える地の果てに』文春文庫 2001年

 1966年1月17日,スペインの僻村パロマレス上空で,核爆弾4基を積んだ米軍機が空中衝突,炎上墜落した。米軍は核爆弾を秘密裡に回収するが,最後の1基が行方不明に・・・そして謎のスパイが暗躍をはじめ,平和な村は国際謀略戦の最前線と化す。パロマレスに住むギター職人を訪ねていた日本人ギタリスト・古城邦秋は,事故を目撃,知らず知らずのうちにスパイ戦へと巻き込まれていく・・・

 読んでいて「細かいところが妙にリアルだなぁ」と思っていたら,この事件,実際に起こったことだったんですね。すると作中に出てくる,核兵器がトラブルに巻き込まれた際の作戦名「折れた矢(ブロークン・アロウ)作戦」といのもホントなのでしょうね。ずいぶん前に『ゴルゴ13』で,同タイトルのエピソードがあったと記憶していますが・・・いやはや,現代史をもっと勉強せんといけませんね^^;;  ま,それはともかく,そんな歴史上の事件を背景として展開するサスペンス,この作者の主要フィールドのひとつ「スペインもの」です。

 物語は,ふたつの時代を交互に描きながら進んでいきます。ひとつは1966年,ギター職人ディエゴ・エル・ビエントを探してスペインの寒村パロマレスを訪れた,日本人のフラメンコ・ギタリスト古城邦秋を主人公としています。彼はそこで米軍機墜落に遭遇,事件へと巻き込まれていきます。おそらく取材に基づくのでしょう,米軍側の秘密主義的な調査・捜索の過程を綿密に描きながら,その一方で,青天の霹靂の如き事件に巻き込まれたパロマレス村の住民たちの動揺や困惑,怒りや苛立ち,米軍側のねばり強いしたたかな補償交渉なども丁寧に追いかけていきます。
 さらに作者は,ひとつの「謎」を挿入します。それはスパイ“ミラマル”の存在です。東側と思われるミラマルは,事故の詳細と米軍が必死になって隠そうとする「核爆弾紛失」を探り出します。いったい“ミラマル”は誰なのか?という謎が,ストーリィに緊張感を与えるとともに,主人公の運命を大きく転換させていきます。このあたりは,サスペンス小説の常道と言えましょう。

 さてもうひとつのストーリィは,1995年,新宿で小さなバーを経営する“わたし”織部まさる(通称サンティ)と,新進気鋭の女性ギタリストファラオナ・マクニコルは,幻のギター職人を探して,パロマレスを訪れます。ギター職人の名前はエル・ビエント,また“サンティ”の名前は,古城の親友として「1966年」のストーリィにも登場します。つまり「1966年」と「1995年」とは,約30年の歳月をへだてリンクしていることが,冒頭から匂わされます。ふたつのストーリィがどのように関係するのか? それが本作品のもうひとつのメインの「謎」となります。“わたし”とファラナオが調べようとすると,手がかりの「糸」は寸断されるとともに,読者にとっても明らかに「1966年」とは矛盾するシチュエーションが描写されることで,両者の関係は加速度的に錯綜していきます。このような展開は,当然,「1966年」のストーリィが最終的にどこに着地するのか,ということと関連しますので,物語後半のストーリィを押し進める強力な牽引力として機能していると言えましょう。
 そしてクライマクス,「1966年」と「1995年」との関係が明らかにされるわけですが,最初に「え!?」と思わせておいて,さらに「ええ!!」と畳みかけるように展開させていくところは,さすが『百舌の叫ぶ夜』を書いた作者さんらしい筆力の見せどころです。ただ伏線をもう少し引いておいてもらえると,その「驚き」がより深いものになっていたのではないかというのも正直なところ。つまり「こういうこともあり得る」よりも「こうでなければならない」といった描き方の方が,個人的には嗜好に合ってますね。

 東西冷戦とフランコ独裁政権という厳しい国際・国内情勢がもたらした歴史的大事件と,それがもたらした現在まで続く余波をじっくりと描き出した力作であるとともに,そこにミステリ的ツイストを巧みに織り交ぜた佳品ではないかと思います。
 ちなみに本作は『このミス'99』で第2位にランキングされています。

01/12/02読了

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