伴野朗『密室球場』集英社文庫 1988年

 6編をおさめた短編集です。

「顔写真」
 熱心で実力のあった,かつての同僚記者が新聞社を辞めた理由は…
 この作者,作家デビュー以前はたしか新聞記者だったように記憶しています。被害者の写真を集めるという「“ガン首”集め」の苦労や,それに対する違和感は,作者自身の体験なのでしょう。リアリティがあります。熊木が記者を辞めた理由は,単なる「ミス」ではなく,被害者の親族・知人の心情を汲み尽くせなかった,おのれの無力さにあるのかもしれません。
「兵士像の涙」
 戦地ベトナムに建つ兵士像は,しばしば涙を流すという…
 ベトナム戦争中が舞台で,主人公が太平洋戦争後,帰国せずベトナムに居着いた日本人という設定が,ある「時代」を感じさせます。「涙を流す兵士像」と「米軍から横流し品」という,ふたつのかけ離れた素材が,ラストで交錯し,思わぬエンディングを迎えるところはサスペンスにあふれています。主人公の最後の「ぼやき」も苦笑を誘います。
「カチカチ山殺人事件」
 子どもに好かれる好青年を殺した犯人を目撃したのも子どもだった…
 少女の不可解な証言の「意味」が明らかにされるとき(というか,途中で気づくとき),それまで描かれていた伏線が鮮やかに浮かび上がって小気味よいです。とくに,刑事の立花が,「子どもと遊ばないこと」がきれいな伏線になっています。
「やねこい奴」
 町の名士の妻を揶揄するような記事を書いた新聞の意図は…
 発行部数わずか800部の地方新聞を舞台にした,一種のクライム・ノベルといった手触りの作品。やはり元新聞記者としての作者の持ち味が発揮されている世界ですね。主人公が第3弾の記事で「足を踏み外した」となっていますが,本当に彼がジャーナリストを逸脱してしまったのは,私怨と義憤とを混交した時点だったのかもしれません。ただ「敵方」の策謀が,あまりにできすぎている点が,ちょっと不満です。
「毛沢東――七月の二十日間」
 毛沢東死去のニュースを聞いた平井は,文化大革命初期の毛沢東の謎の足取りを推理する…
 この作者のもっとも得意とする「近代中国もの」です。その知識が十二分に活かされているのですが,どうも「謎の核心が奈辺にあるのか?」というところが,いまひとつ理解しにくいというか,マニアックというか,そこらへんが小説としての面白みを削いでいるように思います。
「密室球場」
 白熱の夏の甲子園決勝戦。その最中,選手の姉がスタンドで死んだ…
 この作品の妙味は,“病死”とされた女性の死の真相を丹念に捜査する刑事とともに,決勝戦の三塁審判であり,野球人である三沢というキャラクタを,「探偵役」に配した点にあるでしょう。なぜ投手は,それまでとは違うスタイルのピッチングをしたのか? という謎を,スコア・ブックやヴィデオを手がかりとしながら追い求めるところが,本編のユニークさになっています。ラストの刑事コロンボばりのツイストもよいですね。本集中,一番楽しめました。ただ瑕疵があるといえば,そのクライマクス・シーンの描き方,ネタばれになるので,以下,既読の方はマウスをドラッグしてください>犯人の「証言ミス」を聞いたのは,刑事ひとりなんですよね。これだと,証言を翻されたら,公判は維持できないのでは? せっかく三沢というキャラを登場させたのですから,彼にも証言ミスを聞かせておく,といった気配りが必要だったように思います。

01/12/19読了

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