本多孝好『MISSING ミッシング』双葉文庫 2001年

 「人は涙すら流せないほど哀しい気持ちになれるのだと僕は知った」(本書「祈灯」より)

 5編を収録した短編集です。「喪失」と総タイトルがつけられた本書は,どこか村上春樹を連想させるテイストを持っています(とくに「瑠璃」「彼の棲む場所」)。

「眠りの家」
 “私”が自殺しようとした理由を,助けてくれた少年に語りはじめ…
 主人公が話す自殺に至る経緯を聞いただけで,少年がその話中の手がかりから「事件」を再構成するという,一種のアームチェア・ディテクティブものではありますが,その謎解きよりも,ラストで明らかにされる,もうひとつの「仕掛け」の方が,本編の魅力となっています。文字通り,主人公の「死と再生」を幻想的な手法で鮮やかに切り取ってみせています。
「祈灯」
 幼い頃,目の前で妹が事故死した少女は,以来,自分をその「妹」であると思いこみ…
 こういった「かたくなな心」を描いた作品というのは,じつは思い入れがあって,弱いんですよね,わたし。その哀しいまでの「かたくなさ」をモチーフにしつつ,さらにミステリ的ツイストを仕掛けていくあたり,本集中,一番楽しめました。主人公の妹が抱え込んでいるトラブルとトラウマを巧みに共振させながら,それを突き抜けて静謐なエンディング・シーンに持っていくところもグッドです。
「蝉の証」
 老人ホームにいる祖母から,ひとりの老人について調査を頼まれた“僕”は…
 ひとりの,死を目前にした老人の「たくらみ」を明らかにしていくストーリィですが,むしろ,その「たくらみ」をめぐる主人公と祖母との対峙が主眼になっているようです。ふたつの世代に対する作者の目配りの良さが光っています。両方の意見に,ともに納得できるのは,わたしが年齢的にちょうどその間にいるからなのかもしれません。ただ比喩の多い主人公のセリフが,やや鼻につきます。
「瑠璃」
 年上の従妹“ルコ”は,“僕”にとって憧れの存在だったが…
 この作品でも「謎」が登場します。しかしそれはミステリ的な謎ではありません。主人公の目を通して描き出される,ひとりの女性の短い生の軌跡そのものがひとつの「謎」となっています。そしてその「謎」は,おそらくはけっして解かれることのない類のものなのでしょう。
「彼の棲む場所」
 18年ぶりに再会した友人が,“僕”に語った奇妙な話とは…
 読んでいて思い出したのは,村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する五反田君をめぐるエピソードです。さわやかで健全な日常の「顔」の背後に隠された「闇」。本編ではサトウ君という幻想的なキャラクタを介在させることで,その「闇」を象徴させていますが,手法としては,いささか陳腐な感が免れません。ただ「聞き手」を18年ぶりに呼び出した友人である“僕”を設定するところは巧いですね。自分のことを知っていながら,なおかつ現在の生活に影響を与えない,後腐れのない関係です。そこに「語り手」である友人のしたたかさといやらしさが現れているように思います。

01/12/22読了

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