マイケル・マーシャル・スミス『みんな行ってしまう』創元推理文庫 2005年

 「人がいちばん大きく傷つくのは,自分で自分を尊敬できない行動をするときだと彼女は思った」(本書「家主」より)

 12編を収録した短編集です。

「みんな行ってしまう」
 その若い男を見かけたのは,“ぼく”たちが遊んでいる最中だった…
 みずみずしく描かれた少年たちの夏の一日…しかし,物語は,ラストで「異界」が立ち上がってくることで幕が引かれます。けれども,そこに不気味さよりも,せつなさや哀愁を感じるのは,前半の少年たちの姿に,かつての自分自身を見いだせるから,そして,それがすでに失われていることを知っているからなのかもしれません。
「地獄はみずから大きくなった」
 “わたし”が古い友人フィリップと再会した日…それがすべての始まりだった…
 なにかとんでもない事態が(おそらく世界規模で)進行していることをほのめかす描写と意味ありげなタイトル,その一方で,回想で語られる文体は,どこか青春小説を思わせるテイストがあります。「バイオ・ハザード」を予想させる展開が,意外な(あるいは突飛な?)結末へとたどり着くところは,もしかすると好き嫌いが分かれるところかもしれません。
「あとで」
 パーティに出かけようとした矢先,妻は死んだ。「あとで」という言葉を残して…
 あらゆる神話で「死の起源」が語られるように,「生と死」は厳密に区別されなければならないものです。ですから,幽霊やゾンビというのは,その,厳然として存在しているはずの「生と死の境」が「壊れる」恐怖を描いているわけで。淡々とした文章で,その「生と死」とが「同一地平」で描かれた本編も,かなり独特のテイストを持っているとはいえ,そういった意味で,まぎれもなくホラーと言えましょう。
「猫を描いた男」
 その夏,町にやってきた絵描きは,路上に猫の絵を描いた…
 語り手である“おれ”と,町の人々の,絵描きトムに対する,畏れの入り交じった愛情,そして奇妙であっても人間的な苦しみと温もりを持ったトム。それが理由なのでしょう,スーパーナチュラルで,ショッキングなクライマクスを描きながらも,全体として暖かみのある作品に仕上がっています。「訳者あとがき」によれば,英国幻想文学大賞受賞作品とのこと。本集中で,一番楽しめました。
「バックアップ・ファイル」
 豪雨の夜,交通事故で愛する妻子を失った男は,契約していた,ある会社を訪れ…
 物語の基本設定は,SFではときおり見られるものですが,本編の魅力は,その設定ではなく,それによって生じた主人公の心の動きを,抑制のきいた文章で,皮肉と言うにはあまりにビターな結末へと着地させる「語り口調」にこそあるのでしょう。
「死よりも辛く」
 行きつけのプール・バーで,“ぼく”は17歳の少女に恋をした…
 文体と内容とのミスマッチが恐怖感を高めるというのは,ホラー作品では常套とも言えますが,本編もそれが効果的に用いられています(訳者が,一人称を“ぼく”にしたこともあるでしょう)。前半の,どこか村上春樹を連想させる都会的なラヴ・ストーリィ風と,後半とのギャップが巧いです。
「ダイエット地獄」
 太りはじめた“おれ”は,ある妙案を思いつく…
 ダイエットがイヤだから,タイム・マシンを作るという発想が,なんとも突拍子もなくていいですね。途中の論理(?)は,よくわからないところがありますが,「策士,策に溺れる」的な展開は好きなテイストです。
「家主」
 孤独な生活にストレスをためる彼女の前に現れた“家主”とは…
 不条理とも言えそうなストーリィ展開にもかかわらず,本編がリアリティを持っているのは,恋人を失い,職も失いかけている主人公の苛立ち,焦慮,哀しみ,孤独が,丹念に描き込まれているからでしょう。そして,彼女に対する「容赦の無さ」を,わたしたちもまた日々感じ取っているからなのかもしれません。
「見知らぬ旧知」
 親友の新しいガールフレンドを,“おれ”は,たしかに知っていた…
 “彼女”は幽霊だったのでしょうか? それにしては,友人の「ガールフレンド」という「実体」を持っています。しかし,ふたつの異なる場所に同時存在したり,充電の切れた電話機を通じて会話もします。また,周囲の人にはブロンドに見える髪の毛が,主人公だけには(彼が「知っている女」と同様に)褐色に見えるところは,主人公の妄想のようにも思えます。つまり「幽霊」「実体」「妄想」いずれにも落着しない不安定感こそが,本編の持ち味となっているのでしょう。
「闇の国」
 “おれ”が,うたた寝から目覚めると…
 契機も理由もいっさい不明,不条理な危機的状況で悪戦苦闘を描いた作品ですが,こういった結末は,「イギリス風」なのでしょうかね? アメリカ作品だったら,どこかにカタルシスを求めるような気がします(偏見?^^;;)
「いつも」
 母の死の連絡を受けた彼女は,急いで父の住む実家に戻り…
 肉親の死という「ありえる非日常」と,魔法という「ありえない非日常」とを巧みに結びつけたファンタジックな作品です。「上手なラッピング」を取り込んでいるところがユニークですね。
「ワンダー・ワールドの驚異」
 子どもを連れて,ワンダー・ワールドへ入場した男の目的は…
 本編のワンダー・ワールドのモデルとなった,世界的に有名なテーマ・パークには,さまざまな都市伝説があるそうです。おそらく,人々は楽しみながらも,そこに虚構の匂いを敏感に感じ取っているからでしょう。ラストで,入場係マーティの姿を挿入することで,この作品も,その虚構の奥底にあるかもしれない「闇」をきわだたせています。

05/11/13読了

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