仁木悦子他『メルヘン・ミステリー傑作選』河出文庫 1989年

 タイトルのごとく,メルヘンを素材としたミステリ短編8編を収録しています。

仁木悦子「空色の魔女」
 幼稚園児が描いた“空色の魔女”が意味するものとは…
 素材は「白雪姫」ですが,「子どもに自由に描かせる」という設定が上手に活かされています。事件そのものは,やりきれないものではありますが,そこはやはり子どもの使い方の巧いこの作者らしい幕引きで,ちょっとだけホッとします。
角田喜久雄「笛吹けば人が死ぬ」
 「笛を吹けば人が死ぬよ」…少女の言葉通り,ひとりの男が溺死した…
 少女が告白する「完全犯罪」,その裏に隠された“真相”を明らかにしながらも,より深層の「完全犯罪」が浮かび上がるというストーリィ。それはさながら,本編のモチーフとなった「ハーメルンの笛吹男」などの民話が,いかようにも解釈が可能なことにも似ているような…
石川喬司「メルヘン街道」
 カップルで訪れたドイツ“メルヘン街道”。そこで女が知ったのは…
 ミステリ的なトリックが挿入されているとはいえ,本作品の眼目は,「メルヘン街道」で主人公が経験する「メルヘンからの覚醒」という皮肉な味わいなのでしょう。手紙が「眠れる森の美女」の舞台で書かれていると言う設定も心憎いですね。
鮎川哲也「絵のない絵本」
 “月”が語った恵良三平の犯罪とは…
 一種のブラック・ファンタジィなのでしょうが,「相変わらずこの作者,女性に対して根深い怨みを抱いているなぁ」と思わせる内容です(笑) ですから作者なりにユーモアを交えているつもりなのでしょうが,ちょっと笑えません。
赤川次郎「青ひげよ,我に帰れ」
 恋人の永井夕子が“交際”しているのは,現代の「青ひげ」なのか?
 三毛猫ホームズとともに,この作者の古参キャラである永井夕子シリーズの1編。小粒なトリック,軽妙なストーリィは,この作者らしさが出ていると言えましょう。タイトルの付け方が「ミソ」なのかもしれません。
小泉喜美子「遠い美しい声」
 古今東西の名曲に倦んだ男が手にした録音テープとは…
 手垢の付いた素材であっても,「料理」の仕方で,いかようにも「味」が出せることを示すショート・ショートの佳品です。
結城昌治「みにくいアヒル」
 醜い松代は,ただひっそりとひとりで生きていくはずだったが…
 「負」という形でしか自己主張できないことは,とても辛いことです。しかしそうせざるを得ない「酷さ」を,この世は抱え込んでいるのかもしれません。ひとりの女性を通して,その酷さを,この作家さんならでは冷徹な視点で,なおかつ淡々と描き出しています。
加田伶太郎「赤い靴」
 赤色に異様な恐怖を覚える女優が“自殺”した…
 死ぬまで踊り続ける「赤い靴」,異人さんに連れて行かれた「赤い靴の少女」…そんな不気味なイメージにあふれる童話と童謡の雰囲気を,巧みに織り込んだ本格ミステリです。トリックはややチープな部分もありますが,さまざまに錯綜する謎を重ね合わせながらの展開と,クライマクスでのけれん味が楽しめる作品です。

03/12/07読了

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