ジョージ・ハーディング編『眼には眼を イギリス・ミステリ傑作選'74』ハヤカワ文庫 1980年

 原題は“WINTER'S CRIMES6”。毎年,イギリスで編まれるミステリ・アンソロジィの第6集です。イギリス人にとって怪談が,暖炉の傍らで聞く「冬の風物詩」なのと同様,ミステリも冬のものなのかもしれません。16編を収録。気に入った作品についてコメントします。

ウィンストン・グレアム「サーカス」
 35年ぶりに再会した兄は,子どもの頃に目撃した殺人の話をし…
 実業家として成功した弟と,庭師としての生活を送る兄,身分制がいまだ色濃く残るイギリス,子どもの頃の奇妙な思い出話…イギリス的であるとはいえ,アメリカの社会派風味のクライム・ノベルにありそうな展開かと思いきや,ラストは,見事な伏線の引かれたサプライズ・エンディングです。
コリン・ワトスン「裏目」
 友人とともに,いけすかない優等生にたちの悪い悪戯を仕掛けた“ぼく”は…
 原題は“The Harrowing of Henry Pygole”(「ヘンリー・パイゴールの災難」?)ですが,邦題が,それこそ「裏目」に出ています。このタイトルでは,結末は目に見えてしまいますね。ただし,主人公が「真相」に気がつくきっかけの描き方が巧いです。
アイヴァー・ドラモンド「椅子」
 最後の安息所である図書室の椅子を奪われた老人は…
 どうしても「馬が合わない」相手というのはいるもので,その人物と四六時中顔をあわせざるをえないということも,ままあるものです。そんな誰にでもあるようなシチュエーションから芽生える殺意と,その実行(未遂?)の様をユーモラスに描いています。とくに,最後の「実行」から結末への展開がスムーズで,苦笑を誘います。
ケネス・ベントン「漂流物」
 1枚の紙片を拾ったことから,男は殺人事件に巻き込まれ…
 イタリア・ヴェニスを舞台とした冒険活劇。おそらく作品の冒頭で描かれる「沈みゆくヴェニス」が,本編の着想になったのではないかと思います。主人公が拾った1枚の略図から展開されるストーリィは,テンポがよくてサクサク読めます。それにしてもイギリスの冒険小説の主人公って,どうしてこう「気取ったタイプ」が多いんでしょう?(笑)
クリスチアナ・ブランド「もう山査子摘みはおしまい」
 頭の弱い女が,川縁で死体で見つかった…
 相互に監視しあいながらも,相互に馴れ合っている田舎という素材を上手に用いながら,皮肉な,あまりに皮肉な物語を紡ぎ出しています。また,一種「冷酷」とも言える視線は,この作者の持ち味と言えましょう。
ジョン・ウェインライト「あなたには何も話す義務はありません」
 深夜,殺人容疑で捕まった依頼人のために,警察署を訪れた弁護士は…
 お話の構造は,途中で見当がついてしまうところもありますが,警部と弁護士との緊迫感あるやりとり,また終盤で警部が明らかにする推理のプロセスが楽しめます。
アントニイ・レジャーン「失踪」
 平凡なビジネスマンが,失踪後にたどった運命とは…
 「登ったハシゴをはずされる」という言い回しがありますが,まさにそんな感じがする作品です。それとともに,読後,読者を悩ませるという点でもインパクトのある作品と言えましょう。1回こっきりしか使えませんが(笑)
マイルズ・トリップ「息子の証明」
 退役した傭兵に青年は言った…「ぼくはあなたの息子だ」と…
 作中,退役傭兵のモノローグに「本当の人間の絆とは暴力だ」というのが出てきます。おそらく,この絶望的とも言える言葉−暴力によってしか確認できない親子関係−が,本編のメイン・モチーフなのでしょう。
P・B・ユイル「てめえの運はてめえでひらけ」
 1枚の新聞記事から,“おれ”は昔のことを思い出し…
 占領下ドイツを舞台にしたクライム・ノベルです。訳文によるところもあるのでしょうが,べらんめえ調の文体がストーリィにリズムを与えています。また,さりげなく反骨なゲーリング船長のキャラクタもいいですね。
エリザベス・フェラーズ「眼には眼を」
 骨折した老婆は,姪夫婦の家に引き取られるが…
 遺産狙いの姪夫婦と老婆との対決がサスペンスを盛り上げています。で,最後になって「え?」と思って読みかえしてみると,たしかにその通り。それを踏まえて,ラストの老婆の描写を読んで納得しました。

05/03/12読了

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