西澤保彦『迷亭論処 匠千暁の事件簿』ノン・ノベル 2001年

 久しぶりの「タック・シリーズ」の短編集です。メイン・キャラクタである,タック・タカチ・ボアン・ウサコの4人組が,例によって,「酩酊推理」を炸裂させます。サブタイトルは「匠千暁の事件簿」になっていますが,必ずしもつねにタックが探偵役というわけではありません。また時系列的にも,学生時代であったり,あるいはボアンがなぜか名門女子高の教師になっていたり,はたまたウサコが結婚していたり,と,さまざまです。

「盗まれる答案用紙の問題」
 女子高に勤める辺見祐輔(ボアン)は,ある夜,採点したばかりの答案用紙を盗まれ…
 相変わらず「幼児的性格」のキャラクタを出すのが好きですねぇ(笑) でも今回はプロットに適合しているので良しとしましょうか。ただ,「こういうこと」をやって,本当に「あれ」がわかるのかなぁ? だって「元になる」ヤツは,かなり普段と違うように思うのですが・・・それも「幼児性」のなせる技なのかな?(<未読の方は何が何やらわからないでしょうね(笑))
「見知らぬ督促状の問題」
 ウサコの友人の元に,きちんと家賃を払っているのにも関わらず督促状が舞い込み…
 雰囲気で「もしかして,こうなのかな?」と見当つくところもあるのですが,そこに至るまでの合理的推論が小気味よいですね。またビターなテイストのエンディングも,薄ら寒いものがあってグッドです。
「消えた上履きの問題」
 ある朝,辺見祐輔が国語を担当するクラス全員の上履きが盗まれ…
 これも「盗まれる答案」と同様,グロテスクなキャラクタを作り出すことによって,トリックを展開させているところがありますが,やや技巧に走りすぎて,不自然さが目立ってしまってます(いや,本格ミステリなんて,多かれ少なかれ「不自然さ」は付きまといますが,そこはやはり「見せ方」の問題でして・・・)
「呼び出された婚約者の問題」
 2年前に別れた婚約者が,男を殺して無理心中し…
 結婚したウサコが,刑事の旦那とアームチェア・ディテクティヴを繰り広げるという,ほぼ全編「会話」で成り立った作品です。さまざまな仮説が提案されては棄却され,提案されては棄却され,といったアップ・テンポな展開が気持ちよいですね。でも個人的には最終的な「解決案」よりも,途中に出された一案(ヒント:ホース)の方がおもしろかったですが・・・
「懲りない無礼者の問題」
 市電の中で,地元の悪口を大声で話す男女は,かつて人殺しした可能性が…
 読み終わってみると,ミステリの中では定番中の定番トリックなんですが,それを2回繰り返したのはなぜか?という謎を挿入することで,新鮮な手触りを与えています。状況設定も上手ですね。
「閉じこめられる容疑者の問題」
 母親が撲殺死体で発見された。鍵のかかった家には娘夫婦だけがおり…
 このトリックも,ミステリ史上において,何度も繰り返され取り上げられたものなのですが,「呼び出された・・・」と同様,会話による仮説の提示とその否定を繰り返すことにより,推理を「袋小路」に追いつめながら,ラストでそれを「するり」とひっくり返す手際はうまいですね。
「印字された不幸の手紙の問題」
 ウサコが家庭教師をしている女子中学生に奇妙な「不幸の手紙」が舞い込み…
 これはいいですね。オープニングで提示される,封書に入った「不幸の手紙」という奇妙な謎も魅力的ですし,その「奇妙さ」を成り立たせている合理的な目的も意外性があって楽しめました。また,基本的には妄想推理なんですが,それを検証するための「道筋」だけが示されているラストは,欲求不満を感じられる方もおられるかもしれませんが,わたしとしては,むしろ「リドゥル・ストーリィ」のような味わいがあって好きです。本作品集で一番楽しめました。それにしてもこの4人組,食事のマナー悪すぎ(笑)
「新・麦酒の家の問題」
 タックたちが,ボアンに引っぱられて入った豪邸には,缶ビールが山と積まれており…
 「なぜ住人のいない家にビールがたくさんあるのか?」という,ご存じ『麦酒の家の冒険』と同じシチュエーションでの作品です。こういった作品って,作者はまず「謎」を生み出すシチュエーションを頭に思い浮かべ,それに対する解答を考えながら,伏線やら設定やらを肉付けしていくのですかね? 少なくとも「はじめにトリックありき」といったタイプの作品とはちょっと違うように思います。

01/04/21読了

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