城平京『名探偵に薔薇を』創元推理文庫 1998年

 「そんな安易な物語に全てを帰すな。因果,運命,そんなものに責任を負わせるな。そんなものを認めてどうする。人は因果や運命にくくられ,自らの意志,自らの努力,自らの足では未来は創れないというのか。・・・・私は――私は認めない。」(本書より)

 本書は2部構成になっています。
 「第1部 メルヘン小人地獄」は,マスコミに送られてきた不気味な童話『メルヘン小人地獄』,その猟奇的な内容を見立てたごとく起こる連続殺人事件。それは30年以上前につくられたという完璧な毒薬「小人地獄」がもたらした因果の結末なのか? 完全なアリバイを有する最有力容疑者に挑む,名探偵・瀬川みゆき・・・といった内容です。
 おどろおどろしい因縁譚,猟奇的な見立て殺人,完璧なアリバイ,そしてそれらを鮮やかに解き明かす神のごとき名探偵。まさに往年の本格ミステリに対するオマージュに満ちたような作品です。文体もどこか大仰で,意識的に「そういった雰囲気」を出そうとしている気配が濃厚です。ですから謎解きはそれなりに楽しめましたものの,真相はあまりにオーソドックスという感じで,「あ〜あ,また例によってアナクロっぽい新本格か・・・」などと思っていました。
 ところが「第2部 毒杯パズル」になるとちょっと様子が変わります。舞台は「第1部」と同じ藤田家。定例のお茶会で,家庭教師の山中冬実が毒殺された。使われた毒は「小人地獄」。問題は誰が,何のために,ポットに毒を入れたのか? 解決を依頼された瀬川みゆきは,真相を見抜いたと確信するのだが・・・,というお話。
 文体も普通で(というのも変ですが),いったん明らかにされた“真相”の裏にもうひとつの“真相”が,さらにその背後に,ついでにその底に・・・,と「第1部」と違って,事態が二転三転する展開はスピーディです。そしてそれとともに瀬川みゆきが,なぜ名探偵であるのか? いやさ,真実を見いだすことにより,多くの関係者が傷つき,なにより瀬川自身が深い傷を負うにも関わらず,名探偵であり続けるのか? が語られます。
 たしかに「解説」で指摘されているように,第2部で明らかにされる「真相」は,前例のあるものなのかもしれません(わたし自身,似たような作品を最近読んだ記憶があります)。しかし,名探偵の存在理由と深く結びついた形で提示される第2部の「真相」は,新鮮な印象を与えるとともに,より深い余韻を味わせるものではないかと思います。
 また冒頭に挙げた言葉。ことさらに仰々しく,また因果に満ちた物語である「第1部」は,まさにカウンタとしてのこのセリフを引き出すためのものだったのかもしれません。それゆえ,「第1部」と「第2部」はコントラストが鮮やかで,そのコントラストゆえに「第2部」でのテーマ,おそらくは本書のテーマが生きてくるのではないでしょうか? この作者,なかなかのテクニシャンですね。

 ところで登場人物の名前を見ると,「三橋」「冬美」「鶴田」「瀬川」・・・,もしかしてこの作家さん,演歌のファン?(笑)

98/08/09読了

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