山田風太郎『明治断頭台』ちくま文庫 1997年

 幕府が瓦解し,維新なるも,いまだ国家の体制定まらず,藩閥が横行する明治の初め,役人の腐敗を裁くための役所,奈良時代の遺制<弾正台>が復活。そんな“空白の時代”,「政府は正義たるべし」を信念とする香月経四郎と,のちの初代警視総監・川路利良,ふたりの若き弾正台大巡察が遭遇する奇怪な事件の数々・・・。

 なんだか,すごい“ぜいたく”な作品です(笑)。イントロダクションともいうべき「弾正台大巡察」「巫女エスメラルダ」は,時代背景やら,登場人物の説明などで,しょうしょう退屈するところもありますが,途中から奇々怪々な事件の目白押し(笑)。
 「怪談築地ホテル館」では,手練れの武士が,腹を一文字にかっ切られて殺されます。また犯人は煙のごとく消え去ってしまいます。トリックがなんとも奇想天外です。うまくいくかどうかは,わかりませんが・・・。つぎの「アメリカより愛をこめて」では,雪の中,人力車が川に落ちて,乗っていた男が溺死。ところが,人力車の轍のあとは残っているのに,車を引いていた人間の足跡はない,という不可能趣味に満ちた佳品です。「永代橋の首吊人」は,追跡中の男が永代橋で,突如首吊り死体で発見され,容疑者にはアリバイがある,という謎です。これまた大がかりなトリックが楽しめます。
 その後にくる「遠目鏡足切絵図」「おのれの首を抱く屍体」は,それまでの事件とはちょっと様子が異なります。「遠目鏡」は,松本清張の,ある有名な作品のトリックを彷彿させるものがあります。また「おのれ」の方は,みずからの首を抱き,糞尿にまみれた死体という猟奇的な雰囲気に満ちた作品です。一見,悪趣味な(笑)デコレーションに見える“糞尿まみれ”がうまく生かされているように思います。

 ところで,各事件はいずれも,香月経四郎の愛人(?)でフランス女性・エスメラルダ(「エメラルダス」ではありません(笑))が,被害者の霊を憑きおろしてトリックを暴く,という体裁をとります。どんなに鮮やかなトリック,あるいはそれを解く名推理でも,そのプロセスが明示されていないと,いつも物足りなさを感じるものですから,こういった趣向はいまいち馴染めませんでした。それと,トリックにどうも“偽証”が多いように感じられました。とくに事件のもっとも核心的な“謎”が偽証だったというのはいただけません。

 と,思っていたのですが,最終章「正義の政府はあり得るか」にいたって,すべての“謎”が明らかになります。それまで読んでいて感じていた“もやもや”が,「そうか! そうだったのかぁ!」という感じで,一気に吹き飛んでしまいました。ネタばれになるのであまり書けませんが,「そうか,そうか,こういう趣向も体裁も,そして“トリック”さえも,この最後の仕掛けのためだったのかもしれんなぁ」などと思ってしまいました。いやぁ,びっくりしました。

 いままで,山風はあまり馴染めなくて敬遠しているところがありましたが,別の明治ものも読みたくなりました。ちくま文庫から山ほど出ているからなぁ・・・,楽しみ楽しみ。

98/02/02読了

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