篠田節子『愛逢い月(めであいづき)』集英社文庫 1997年

 6編よりなる短編集です。考えてみると,この作者の短編はアンソロジィ『絆』所収の1編を読んだだけで,いつも長編ばかりだったようです。でもって,読むたびに「どうも相性がよくないなぁ」などと思っていたのですが,この短編集はなかなか楽しめました。不思議なものです。

「秋草」
 不倫相手とともに訪れた京都の寺。悦子はそこで狩野永徳の「秋草の間」の襖絵を見るが…
 不安定な主人公の心が,「秋草」の襖絵を燃やそうと傾いていくところの描写が,迫力があっていいです。またこの作品で描かれる男と女との間の溝は,「見る者」と「作る者」の間の溝なのかもしれません。
「38階の黄泉の国」
 死ぬ間際の奈穂子。脳動脈瘤のため消えかかる記憶の中で,唯一輝いているの,明也との一夜だけ…
 「時間よ止まれ」という思いは,時間がとどまらずに流れるからこそ,あるいは時間が流れるがゆえに,甘美な薫りがするのでしょう。実際に「時間が止まり」,「永遠」を前にしたとき,そんな思いの浅はかさに気づくのかもしれません。不気味な作品です。
「コンセプション」
 信頼し,愛してもいた編集者が,病気の妻のために退職することを知った作家・北岡梨沙の心は…
 妻が夫に似ているから輝いているのではなく,夫が妻に似ているから輝いていたのだ,ということなのでしょう。それゆえ妻の死後,男は輝きを失い,女たちの秘かな交歓が始まるのかもしれません。
「柔らかな手」
 好んで危険な場所の写真を取りに行く啓介。しかし鱶に襲われ,体の自由が利かなくなってからというもの,妻の態度が…
 ベッドから身動きできない主人公が,しだいに疑心暗鬼をつのらせていく過程,そして一見ミステリ風に着地しそうな直前,物語は本当の“悪夢”の始まりを告げます。最後のシーンは怖いです。またタイトルも秀逸です。「柔らかな手」でも首を絞めることはできるのでしょう,真綿と同じように・・・。本作品集で一番楽しめました。
「ピジョン・ブラッド」
 年下の恋人に捨てられた“私”は,ベランダに集まる鳩にやりきれない思いをぶつけるのだが…
 アイロニカルなオチが,小池真理子(解説を書いてます)の作品を思い起こさせます。ただ心理描写は,ずっとねっとりしてます(笑)。ここらへんの「ねっとりさ」が長編だと辛いのかもしれません。
「内助」
 司法試験を目指す俊一。彼の合格を祈って尽くしてきた佳菜子も,すでに30の声を聞くようになり…
 「内助の功」というとプラス・イメージの強い言葉ですが,それを仔馬の飼育にたとえるところが,なんとも辛辣です。ミステリでもホラーでもありませんが,やはりある意味で「怖い物語」ではあります。ううむ重い…(でもおもしろいですよ)。

97/11/07読了

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