栗本薫『真夜中の切裂きジャック』ハルキ文庫 1997年

 作者には申し訳ないのですが,この本を本屋で手に取ったのは,作者名でもタイトルでもなく,「ハルキ文庫」という耳慣れない文庫名が気にかかったからです。で,よく見ると,発行は「角川春樹事務所」。おおっ,あの角川春樹が,ふたたび出版界に姿を現した! ということで,思わず買ってしまいました(笑)。ブラウン管を通じてのイメージしかありませんが,「ハルキ文庫」なんてネーミング,じつに「らしい」という気がします。筒井康隆の『時をかける少女』もこの文庫で出ているようですから,角川書店を辞めるとき(辞めたのかな?),版権をいくつか持って出たのでしょうか? でもって,また『時かけ』の映画を作るようです。監督は角川春樹。どうなることやら・・・。 

 さて内容ですが,7編よりなる短編集です。うち3編(表題作,「羽根の折れた天使」,「クラスメート」)は,いわゆるサイコ・スリラー。3編(「獅子」「白鷺」「十六夜」)は,歌舞伎や三味線といった「芸ごと」の世界を描いてます。最後の「<新日本久戸留綺譚>猫目石」は,「久戸留」と書いて「クトゥルー」と読むようで,和製クトゥルー神話の一エピソード,といった体裁です。 

 栗本薫を読むのはじつに久しぶりで,『ぼくらの時代』『ぼくらの気持ち』『弦の聖域』といった,初期の作品をいくつか,それもはるか昔に読んだくらいで,『魔界水滸伝』やら『グイン・サーガ』といった作者の代表作と呼ばれているものは,まったくといっていいほど手を着けていません。だから久しぶりに読んでみて,ずいぶんと「ねっとり」とした文章だな,と思いました。とくに表題作は,主人公が内向的で夢想的,ホモセクシュアルでマゾヒスト,プライドだけは人一倍高い,という,もうこれでもか,というくらい粘液質な設定だけに,その独白として語られる文章も,ねっとりねっとり,とろろ芋のような感じです。こういった作風に拒絶反応を持っているわけではありませんが,ここのところ冒険小説やハードボイルドになじんでいるせいもあってか,少々読むのがしんどかったです。作中にも出てくるように戦前の横溝正史や江戸川乱歩の文体を,かなり意識して書かれたのではないでしょうか。また「猫目石」もクトゥルーもので,設定や結末の付け方など,H・P・ラブクラフトのやり方(化け物がその姿を完全には見せず,ひたすら読者の想像力を刺激する書き方)を踏襲したものになっています。それなりにおもしろかったのですが,たてつづけに読むと,ちょっと胸焼けないしは消化不良をおこしてしまいそうです(栗本ファンから怒られそうだ・・・)。 

97/04/17読了

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