清水義範『間違いだらけのビール選び』講談社文庫 2001年

 「自分が非常にもったいないことをしたバカに思えた。だが,自分にはこれしかできなかったのだという気もした」(本書「島の一夜」より)

 さまざまなタイプの短編11編をおさめています。この作者のいろいろな「顔」が見える佳品集です。気に入った作品についてコメントします。

「間違いだらけのビール選び」
 いつも飲んでいるビールの味が変わったことに気づいた男は…
 わたしもビールが好きで,冬でもよく飲んでいますが,ここ数年のわけの分からない銘柄の多発に少々うんざりしています。飲み比べたのも出始めた頃だけ,今では「なんでもいいや」というのが本音でしょう(笑) そんな風潮をパロディにした作品。ビール飲みにとっては,笑いながらもほろ苦い1編です。
「雨」
 彼は雨が嫌いだった。陰鬱で気を重くさせる雨が…
 オープニングは,この作者お得意の,変に気を回しすぎるタイプの男を主人公にしたエッセイ風の作品といった感じですが,途中から普通の小説風,でもって最後にいたって思い切った大外刈り。いや,まいりました。こういった作品集にこの手の作品を挿入するところがまた,作者の「技あり」といったところですね。
「家内安全」
 元旦の朝,男が目覚めると,家族はひとりもいなかった…
 ……などと梗概を書くと,なんだかミステリかホラーといった感じですが,じつは日常生活でありそうな悲喜劇を描いています。主人公の思いを,単なる仕事に対する自己満足といってしまうのはちょっと酷ですが,本編で描かれている家族とのコミュニケーション・ギャップは,多少のカリカチュアはあるとはいえ,いたるところで日本のおとーさんに起こりそうな感じですね。
「二人の女」
 祖母の入院をきっかけとして,少女はあることに気づいた…
 テレビ・ドラマでは,しばしば感情表現が大げさになります。それは,日常生活ではほんの少しの表情や口調で気づくであろう感情のアップダウンを,テレビでは伝えられないからだと思います。本編では,そんな日常生活での「嫁姑の関係」を,ひとりの少女の眼を通して巧みに描き出しています。
「私の中の別人」
 声優の「星野まろん」こと加治木美奈子の元に,不気味な手紙が届き…
 清水流「ストーカもの」です。展開としてはオーソドクスなものですが,伏線の効いたラストの処理はおもしろいですね。また主人公の最後の心の動きも「瓢箪から駒」みたいな感じで意味深長です。
「島の一夜」
 調査に無人島を訪れた生物学者は,そこでひとりの少女と出会う…
 ドラマチックなシチュエーションを設定しつつも,あえてドラマチックな展開をさせないことで,別の意味でのほのぼのとしたドラマを紡ぎだしています。主人公と少女とのジェネレーション・ギャップをコミカルに描きながら,「ウミウシ」を通じての心の触れあいは心地よいですね。
「本番いきま〜す」
 NHKのテレビ番組に出演することになった大学教授は…
 「あとがき」から察するに,作者が実際に経験したテレビ番組でのエピソードを,フィクション化したものでしょう。ストーリィ自体はなんてことのない作品ですが,主人公(=作者)の緊張ぶりが的確かつユーモアたっぷりに描かれていて楽しいですね。主人公の「名刺」にも苦笑させられます。

01/08/21読了

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