ジャネット・グリーソン『マイセン 秘法に憑かれた男たち』集英社 2000年

 「創造主なる神は錬金術師を陶工にしたもうた」(本書より ベトガーが記したと伝えられる言葉)

 1701年10月,ひとりの若き錬金術師が,プロイセンからザクセンへと逃れた。彼の名はヨハン・フリードリッヒ・ベトガー。ザクセン選定侯アウグスト強王から,金の生産を命じられた彼は,しかし,はからずも「白い黄金」を産み出すことになる。それがドイツ・マイセン焼−ヨーロッパで初めての磁器であった…

 焼き物が好きです(コレクタではありません)。ですからドイツを代表するマイセン磁器についても関心があります。ヨーロッパで初めて焼かれた磁器であること(それまでヨーロッパには陶器しかありませんでした>陶器と磁器の違いはこちらをご参照ください),日本の佐賀県有田で江戸時代に作られ輸出された柿右衛門様式と酷似した作品を生産したこと,人形などの立体像のすぐれた造形性などなど…
 そんなわけで,書店で本書を見かけて購入したのですが,しばらく読まずに放っておきました。で,このたびふと思い立って読み始めたのですが,これがおもしろい! 歴史ノンフィクションと呼ばれるジャンルに属すのでしょうが,下手な小説よりはるかにおもしろく,一気に読み通してしまいました。

 本書では,マイセン磁器の初期の歴史が,創始者ベトガー,マイセンの絵付けを完成させたヘロルト,天才的な造型師ケンドラーという3人の人物を軸としながら,描かれていきます。
 まずおもしろかったのが,ベトガーが「磁器を焼くつもりはなかった」ということです。錬金術師である彼は,アウグスト強王から,その「職名」通り,金を作り出すことを命じられます。もちろんそんなことはできっこありません。しかし,同じく強王の元で,磁器制作を命じられていたチルンハウスと知り合うことで,いわば「金ができない言い訳」として磁器制作に着手するのです。
 ところが磁器制作に興味を覚えたベトガーは,しだいにその開発に没頭,ついに1709年,ヨーロッパ最初の白磁の生産に成功します。このあたりの描写,劣悪な環境の中で,まるで狂気に憑かれたように磁器生産へと邁進する彼の姿は,(ノンフィクションだけあって淡々とした文体ではありますが)じつに迫力があります。
 そしてマイセン絵付けを完成させたヘロルトの登場の仕方も興味深いです。ベトガーの片腕シュテルツェルは買収され,磁器製法をたずさえてウィーンへと逐電しますが,罪の意識からマイセンへ帰還,その際にウィーンで知り合った若い画家ヘロルトを連れて行くのです。
 で,このヘロルトいう人物,たしかに絵付けの腕はすごかったようですが,すさまじいまでの野心家で,秘密主義者の同僚絵付け師のノートを,死の直後に盗み出して自分のものにしてしまったり,弟子たちを安い賃金でこき使い,おまけに自分の地位をおびやかすと思われる才能ある弟子をつぶしまくったり,と,ひたすら権力の座を追い求めていきます。あの柿右衛門様式に勝ると劣らない美しいマイセンの色絵磁器が,こういった毒々しいキャラクタによって産み出されたというのですから,芸術というのは,やはり不可解なものです。
 そしてもうひとり,繊細でユニークなフィギュア作りにその天才ぶりをはっきしたケンドラーとヘロルトとの確執(白磁の良さを出したケンドラーの塑像に,強引に絵付けをしてしまうというヘロルトの行動は,子どもじみているとはいえ,いやだからこそ,権力に対する執着がにじみ出ています)。色絵とフィギュアという,マイセンを代表する2種類の作品が,ふたつの強烈な個性のぶつかりあい,醜いまでの権力争いの中から産まれたというのもまた,「美」の不思議なところなのでしょう。
 しかしその一方で,このような状況が生まれたのは,当然なことのように思えます。なぜなら「マイセンの磁器」とは,当時のヨーロッパにおいて単なる鑑賞用の芸術品ではなく,アウグスト強王の「磁器宮殿」建設への異常な情熱に示されるようにその所有がみずからの経済力・権力を示すステータス・シンボルでした。そしてなにより,その「秘法」の掌握が莫大な利益をもたらす「白い黄金」だったからです。だからこそ,ザクセンは神経質なまでにその秘密の保持に腐心し,また周囲もあの手この手で「秘法」の奪取を謀ったと言えます。「黄金」のもたらす「蜜」に「蟻」が群がるのは世の常……本作品は,終始一貫,そんなシビアな視点をキープしていると言えましょう。

 作者は,これらの人物たちの生涯を中心にしつつ,巧みに当時のヨーロッパの文化,政治情勢などを挿入しながら,マイセン磁器創出の歴史を,小説でもなく,また研究論文でもない,生き生きとした歴史絵巻として描き出しています。おそらく焼き物に関心のない方でも楽しめるのではないかと思います(「\(^o^)\」かどうかは,わかりませんが…)。

 なおマイセン磁器については,こちら↓をご参照ください。
   http://www.meissen-japan.co.jp/

05/06/19読了

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