ワインバーグ&グリーンバーグ編『ラヴクラフトの遺産』創元推理文庫 2000年

 「良質のホラー小説を書こうと思うなら,ラヴクラフトのように書こうと努めるか――あるいはラヴクラフトのようになるまいと努めつつ書くかのどちらかしかない」(本書「吾が心臓の秘密」の「作者後記」より)

 ロバート・ブロック「序――H・P・ラヴクラフトへの公開書簡」と題された,一風変わった序文から始まる本書は,H・P・ラヴクラフトの生誕100周年を記念して,彼へのオマージュに満ちた短編13編を収録しています。しかし,だからといって,彼の創始した「クトゥルフ神話」という枠に縛られることなく,さまざまなタイプのホラー作品が揃えられています。
 気に入った作品についてコメントします。

モート・キャッスル「吾が心臓の秘密」
 吾輩の年齢は190歳。まごうことなき「不死人」である。吾輩がこのような肉体を得た理由とは…
 大時代的な擬古文調で語られる「不死人」の半生(というのか?)は,どこか前世紀末のゴシック・ホラーを思わせる独特の手触りを醸し出すことに成功しています。思わせぶりのラストの処理も,「にやり」とさせられます。
グレアム・キャッスル「シェークスピア綺譚」
 「グローブ座」の発掘調査中に発見された一体の死体。それが意味するものは…
 「天才」の背後に,なんらかの超自然的でダークな理由を想定するのは,伝奇小説の常道のひとつといえましょう。その「シェークスピア・ヴァージョン」です。個人的には好きな設定の作品ですが,もう少し,つっこんでほしかったのも正直なところ。たとえばシェークスピアの作品そのものに「神話」の影を読みとるとか。
ブライアン・ラムレイ「大いなる“C”」
 21世紀初頭,月の背後で発見された「第二の月」に降り立った男は,その肉体の内部に「大いなる“C”」を地上に持ち帰り…
 メネシスなど,太陽系に未発見の惑星や衛星が存在するというSFはしばしば見られますが,月の裏側に「第二の月」を設定するところはユニークだと思いました(類例はあるのかな?)。「大いなる“C”」に支配された地域のグロテスクな描写がグッド。
ヒュー・B・ケイブ「血の島」
 妻とともにハイチを訪れたジャーナリストが,その借りた家の地下室で発見したものとは…
 「ヴードゥー教・ネタ」の,オーソドックスな怪異譚ではありますが,そこに猫嫌いの妻という設定を導入することで,ストーリィに起伏をつけるとともに,クライマクスでの惨劇を上手に盛り上げています。
ジョゼフ・A・シトロ「霊魂の番人」
 深い森の中で事故を起こしたカールを助けた男の正体は…
 山中で,さながら蜘蛛の如く「獲物」を待つ狂人というシチュエーションが,ぞくぞくするような恐怖感を生み出しています。「天国」がそのようなものなら,狂人が指し示す「地獄」がどれほどのものか,ということを匂わせる,ラストの余韻もいいですね。
チェット・ウィリアムスン「ヘルムート・ヘッケルの日記と書簡」
 作家である“わたし”が,3年がかりで仕上げた大作は,エージェントから,名前も聞いたことのない作家からの剽窃と指摘され…
 日記と書簡という文体を巧みに用いた作品です。主人公の作家を,少々エキセントリックな性格に設定していることが,作品の緊張感を高めることに効果的になっているようです。
ブライアン・マクノートン「食屍姫メリフィリア」
 他の食屍鬼とはやや異なるメリフィリアは,ひとりの生きた男に恋をし…
 人間と異形との悲恋を描いた,ホラー版『人魚姫』といったところでしょうか? グロテスクなシーンが横溢しながらも,恋愛物語らしいせつなさと哀しみにも漂っています。
エド・ゴーマン「邪教の魔力」
 善良な市民生活を送りながら,殺人を繰り返すハンロンが,故郷のスラムに戻ってきたわけは…
 ハードボイルド・タッチのクライム・ストーリィを得意とするこの作者が,本アンソロジィに寄稿しているのは,ちょっと意外です。ですが,この作家さんらしい設定と展開の中に,上手にホラー・テイストを融合させています。本集中では異色作ですが,わたしとしては一番楽しめました。
F・ポール・ウィルソン「荒地」
 “現実”を探しているという,大学時代の恋人とともに,故郷“パイン・バレンズ”を訪れた“わたし”は…
 地球上のいくつかに,「異界」との接点があり,そこから異形のものが出てくるというシチュエーションは,「クトゥルフ神話」の定番のひとつではあり,本作品もそれを踏襲しています。しかし,その「異界」が「恐怖」の対象としてではなく,どこか「憧憬」をもって描き出しているところが,風変わりの魅力を本作品に与えています。

00/11/02読了

go back to "Novel's Room"