ドロシー・L・セイヤーズ『ピーター卿の事件簿』創元推理文庫 1979年

 青年貴族ピーター・ウィムジーを名探偵役とした短編集です。創元推理文庫の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」シリーズの1冊ですが,作中で,ピーター卿をして「当代のシャーロック・ホームズ」と評しているところを見ると,「ライヴァル」というより「後継者」といった方が適切かもしれません。

 ミステリにおいて,事件の不可解性・不可能性を強調する手法として「怪奇性」を素材として取り上げるのは,常套的な方法といえます。冒頭において「理外」としか思えぬ事件を描き,それを「理」に落とすことによって生み出されるカタルシスは,なにものにも代え難い味わいがあると思います。ですから,たとえ日本において社会派推理が興隆した際に,それ以前の作品が「お化け屋敷」と揶揄されたとしても,ミステリの長い歴史の中では,何度となく怪奇趣味のミステリは姿を現すのかもしれません。あるいは,一見,姿を消しながらも,伏流の如く,ミステリの「流れ」の底を流れ続けているのかもしれません。

 さて1930年代に発表された短編7編を収録した本書は,そんな「怪奇趣味」が横溢しています。たとえば,本書中,一番長いエピソード「不和の種,小さな村のメロドラマ」は,タイトルにあるように,ピーター卿が訪れた小村で遭遇する「死の馬車」の謎を描いています。首のない馬,首のない御者,そして宙空を滑走する馬車・・・と,まさに「人外」としか思えぬ現象の背後に隠された真相を,ピーター卿が読み解きます。「死の馬車」を成り立たせるためのトリックそれ自体は,ちょっと失礼な言い方かもしれませんが,どこか「バカミス」に通じるものがあるものの^^;;,途中で奇妙な遺言書が明らかにされるにおよんで,「なぜ「死の馬車」を演出しなければならなかったのか?」という謎がするすると解けて行くところは,じつに小気味よいです。読後感がよいところもグッドです。本集で一番楽しめました。
 また「怪奇趣味」を逆手にとったのが「ピーター・ウィムジー卿の奇妙な失踪」です。スペイン・バスク地方で旧友と再会した男は,そこで,かつて想いを寄せた旧友の妻の奇怪な変わり様に当惑し・・・というお話。「理」によって構築された怪異を,怪異的手法を用いたピーター卿によって解決されるという趣向がおもしろいですね。またラストで明らかにされる「犯人」の真意は,サイコ・サスペンスを彷彿させる忌まわしさと不気味さに満ちていて,迫力があります。
 一方,瞬時のうちに死体が消失する謎を素材にした「幽霊に憑かれた巡査」や,容疑者に完全なアリバイがある,文字通り「完全アリバイ」などは,「怪奇趣味」というより「不可能性」を前面に押し出していると言えるかもしれません。また「盗まれた胃袋」「銅の指を持つ男の悲惨な話」などは,グロテスクな綺譚といった趣を持った作品です。とくに「銅の指を・・・」は,戦前の横溝正史江戸川乱歩などが書いた「変格探偵小説」を連想させるテイストを持っています。

01/02/28読了

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